「事故の風化怖い」JR福知山線脱線事故、夫を亡くした原口佳代さん

追悼慰霊式に向かう前、事故で亡くした夫の原口浩志さんの仏壇の前で手を合わせる妻の佳代さん=4月25日、兵庫県宝塚市(鈴木源也 撮影)
追悼慰霊式に向かう前、事故で亡くした夫の原口浩志さんの仏壇の前で手を合わせる妻の佳代さん=4月25日、兵庫県宝塚市(鈴木源也 撮影)

JR福知山線脱線事故は25日、発生から17年を迎えた。夫=当時(45)=を亡くした兵庫県宝塚市のピアノ講師、原口佳代さん(62)はこの日、事故現場にある追悼施設「祈りの杜(もり)」で開かれた慰霊式に参列し、夫や犠牲者に祈りをささげた。今でも「朝起きて夫が横にいないと、事故が起きたことを実感する」という佳代さん。そんな自分を置き去りにするように、事故が風化していくことに危機感を抱いている。

「天気が良くなってよかった」。朝、佳代さんが自宅のカーテンを開けると、前日の雨が噓のような柔らかい太陽の光が夫の浩志さんの仏壇に差し込んだ。

佳代さんは自身が好きなチューリップの花束や缶ビールなどが供えられた仏壇に静かに手を合わせ、「17年前の朝、夫と交わした会話や、当時の記憶を鮮明に思い出す。夫のいなくなったあの日に戻ったようだ」と涙ぐんだ。

3年ぶりの追悼慰霊式。過去の式では「音楽で傷ついた人に寄り添えれば」とピアノ演奏と歌を披露したこともあった。ただ、近年は音響設備の配備の難しさなどから演奏はかなわなくなっている。「遺族が思いをはせる大切な時間だったけど仕方がない」と肩を落とすが、式は「1年間を元気に、健康に過ごしてきた自分の姿を夫に見せる」という特別な場だ。

浩志さんは通勤中に1両目で事故に巻き込まれた。佳代さんは無事を確認しようと、何度も浩志さんの携帯電話にかけたがつながらなかった。不安な気持ちのまま遺体安置所の体育館へ向かい、昼過ぎに警察から夫の死を告げられた。「いつか生演奏できる店を開きたい」。音楽好きだった夫婦2人の夢はついえた。

あの日から17年がたった今でも悲しさが癒えることはない。自宅には、至るところに浩志さんとのツーショット写真が飾られ、月命日には「夫を身近に感じられる場所だから」と事故現場を訪れ、花を手向け静かに手を合わせる。

事故後は体調を崩すこともあったが、多くの友人に支えられてきた。平成26年には「大切な人を失い、心に穴が開いた人たちの助けになりたい」と心療カウンセラーの資格を取得。講演会などを通じて、自身の経験をもとに傷ついた人たちを励まし続けた。

同年8月には、70人以上が犠牲となった広島土砂災害が発生。「土砂で人が埋もれた状況が、脱線事故と重なって思えた」といい、発生後4年間、現地で慰霊のコンサートを続けた。

「夫の命を背負って、前を向いていこう」。かけがえのない人との突然の別れを経験して命の大切さを痛感し、それを伝え続けてきた。だからこそ、事故の風化には敏感だ。

昨年10月、JR西日本の運転士が運転中に私物の携帯電話を操作していたとのニュースに接した。同じような事案は繰り返されている。

事故当時は子供だった人たちが電車の運行に携わるようになった今、再び悲劇が起きないか。「事故の風化が怖い」と明かし、「事故で亡くなった人、遺族の思いを背負って真摯(しんし)に仕事をしてほしい。私が生きているうちはJRの社員の方たちへ訴え続けていきたい」と声を震わせた。(鈴木源也)

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