教壇の先生は愛国心について長々と語っている。主人公の「私」は退屈でならない。故国を愛する気持ちは誰にだってある。なぜ分かり切ったことを…。視線をはわせた窓の外、庭の隅のバラをぼんやりと眺めた。
▼「私」はふと思う。「人間も、本当によいところがある」と。「花の美しさを見つけたのは、人間だし、花を愛するのも人間だもの」。太宰治『女生徒』の知られた一節である。人の目は、情趣あるものや美的感覚を強く揺さぶるものに、感応しやすくできている。
▼悲しいことに、それらとは正反対のものにも。人の醜い面であったり、その犠牲となった人々の悲惨な境涯であったり、人間界の営みを瞬く間にのみ込む天地の暴力的な異相であったりもする。それらを目にする度、人は胸の奥深い部分にぬぐい難い痛みを覚える。