新聞に喝!

不可解な「匿名報道」朝日は説明せよ 酒井信彦

朝日新聞社東京本社の外観=東京都中央区(本社チャーターヘリから、桐原正道撮影)
朝日新聞社東京本社の外観=東京都中央区(本社チャーターヘリから、桐原正道撮影)

成人年齢が18歳に引き下げられ、犯罪者の実名公表が問題になっている。甲府市内で起きた、夫婦殺人事件の犯人である19歳の人物の実名を、4月8日に甲府地検が発表した。翌9日の新聞では全国紙の5紙は実名で報道し、ブロック紙の東京新聞は匿名であった。新聞社のネット配信では対応が分かれ、新聞社系列のテレビでは、実名のほかに多くが顔写真を出していた。12日の朝日「メディアタイムズ」欄が報じている。

実名・匿名の問題で、私が特に気になった事例がある。それは不思議な匿名報道が出現したからである。3月25日、札幌地裁で3年前の、参議院選挙の際の、安倍晋三首相(当時)に対するヤジに関する裁判の判決があった。北海道警にヤジなどの行為を規制された原告が、規制は違法だとして裁判をおこしたものである。規制は単に警察官職務執行法違反にとどまらず、憲法の表現の自由を侵害しているという判決で、原告側の「大勝利」であった。

問題は、新聞記事が原告の実名を公表したものと、匿名としたものがあることである。この判決を高く評価したのが、例によって朝日・毎日・東京の3紙であり、客観的に報じたのが、産経・読売・日経の3紙であった。このうち読売・日経は実名を出さずに、2人の原告を「男女2人」と書いている。産経は、「原告はいずれも札幌市の団体職員で大杉雅栄(まさえ)さん(34)と桃井希生(きお)さん(26)」と、2人の実名を書いている。読売・日経が実名を出さなかった理由は、判然としないが、完全なベタ記事にしたため、省略したものであろう。

では高評価の3紙はどうか。毎日・東京は実名を出しているのだが、極めて不思議でならないのは、朝日が、ほとんど実名を報じていないことである。この判決を高く評価して、最も力を入れて報道したのは、朝日であった。それは25日夕刊の第1報、26日朝刊第1社会面の大型記事、同日の判決要旨、同日夕刊の素粒子、27日の天声人語、29日の社説、30日の記者コラム「多事奏論」などに及んでいる。それに対して、同じく力を入れて報道した東京は、原告の2人の実名をハッキリと出しているし、26日朝刊1面には、2人の記者会見のカラー写真、つまり顔写真まで掲載している。

ところが朝日の高橋純子編集委員による「多事奏論」においてだけは、唯一の例外として、女性原告の実名を公表しているのだ。朝日はなぜ、このような不可思議な匿名報道を行ったのか。その理由を明確に説明する責任がある。

【プロフィル】酒井信彦

さかい・のぶひこ 昭和18年、川崎市生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東京大学史料編纂(へんさん)所で、『大日本史料』の編纂に従事。

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