日本の未来を考える

50年ぶり円安の原因は 東京大名誉教授・伊藤元重

伊藤元重氏
伊藤元重氏

円レートが50年ぶりの円安になっている。50年前というと今のような完全変動相場制になる前の固定レートの時代で、1ドル=308円であった。現在の1ドル=130円近くがこの時代と同じ水準の円安だと言われてもピンとこないかもしれないが、「実質実効レート」で考えるとそういうことになる。「1ドル=130円」などというのは、単に円とドルの間の交換比率を示す「名目レート」である。「円の実力」を見るためには、ドルだけでなく、いろいろな通貨との為替レートの動きを平均して見て、その上で物価の動きを考慮に入れる必要がある。その結果、はじき出されるのが実質実効レートなのである。

実質実効レートは指数で表され、2010年を基準として100とすると、ピークの1995年には150台であったが、最近では65前後にまで下がっている。これは50年前とほぼ同じ。円の実力は、ピークの半分以下になったということになる。こうした動きの背景には名目レートが円安になっていることもあるが、近年の日本のデフレの影響も大きい。日本の物価上昇率がほぼゼロなのに対し、米国の物価上昇率は年平均2%程度。これが20年続くとみると、日米で50%近くまで物価の差が開くことになり、こうした日本の物価の相対的低下は実質実効レートを引き下げる。

円の実力が95年のピークの半分以下になってしまったのは、名目レートが80円前後から130円近くにまで円安になっただけではなく、何より、デフレで日本の物価や賃金が諸外国に比べ安くなったからなのだ。その結果、円の購買力は下がっているし、私たちの賃金の購買力も下がっている。要するに日本は貧しくなっているのだ。

これは構造的な要因によるものである。世の中では、これは「悪い円安」だ、いや「良い円安」だと、あたかも名目レートの変化が問題の根源であるような言い方をするが、名目レートは経済状況の原因というより、結果であるとみた方がよいだろう。これだけデフレが続くのに名目レートが円安になっていること、また名目レートが円安になっているのに日本の物価が上がらないこと。何より実質実効レートが下がり続けていることは、日本経済の構造的停滞の結果という面が大きい。小手先の為替レート対策で構造的な要因が是正されるわけではない。

そうは言っても、名目レートの円安は気になる。米国などでのインフレと金融政策の変化による金利上昇が円安を加速させているが、ここまで円安が進むとメリットよりもマイナス面が目につく。輸入原材料が円安でさらに高騰する一方で、それを価格に転嫁できないデフレ経済で多くの企業が苦しむ。「悪い円安論」の背後には、デフレ対策で進められてきた過剰な金融緩和をそろそろ見直す時期に来ているのではないかという見方があるだろう。海外での物価上昇の展開をみると、日本での金融政策の見直しもそう遠くないだろう。そうなれば名目レートの過度な円安にも影響が及ぶだろう。(いとう もとしげ)

会員限定記事会員サービス詳細