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文芸評論家、富岡幸一郎 『舞踏馬鹿 土方巽の言葉とともに』五感更新させるコトバを凝集

『舞踏馬鹿 土方巽の言葉とともに』正朔著
『舞踏馬鹿 土方巽の言葉とともに』正朔著

『舞踏馬鹿 土方巽の言葉とともに』正朔著(論創社・2420円)

舞踏(Butoh)という言葉は今や世界で通用する用語だが、土方(ひじかた)巽(たつみ)はその先駆者として、暗黒舞踏というダンスの新しいジャンルを切り開いた。1959年、三島由紀夫の小説『禁色』を素材にした衝撃的な作品を皮切りに、その自在な身体表現は、日本のアバンギャルド芸術の扉を開放した。

アンダーグラウンドの教祖というと、何かおどろおどろしいが、細江英公の「鎌鼬(かまいたち)」という、土方が故郷・秋田の農村で舞う異形の姿を収めた写真集からは、伝統的共同体に溶け込む日本人の身体が躍動する。

あの石原慎太郎が、人間の理性や意識を超えた、不可知なものを小説化しようとして、『光より速きわれら』(76年)で土方を主人公のモデルにしたのは興味深い。作中では、「舞踏とは命懸けで突っ立った死体である」という土方の有名な言葉をはじめ、全編にこの天才の寸言がちりばめられていた。

その謎めいて魅惑的な、恐ろしい力の言葉を、弟子として全身で浴び続けてきた著者が、ここに凝集させ、一冊にまとめた。稽古場や振り付け・演出の現場だけではなく日常会話でも、そのコトバは全感覚に突きささり、五感を更新させる。

「現在の口耳鼻の位置が本当に正しいのか。変えてみる」「見るように聞くんですよ。臭いを嗅ぐように見る」「光に追い出され震えている闇を抱いてやりなさい」「人間はもうだめだと思ったとき、凜(りん)として咲く野の花(舞踏)になっている」「命の探求に向かっているんです。舞踏という道具を使ってね」

著者は師の言葉を自らの肉体で受け入れ、舞踏とは「踊りの一ジャンル」ではなく「人間の存在への問題提示だ」と言う。情報化社会のなかで身体を失い、窒息しているわれわれへの鋭い問いがここにある。


『死者との対話』石原慎太郎著(文芸春秋・1870円)

『死者との対話』石原慎太郎著
『死者との対話』石原慎太郎著

『太陽の季節』以来、著者は常に自らの身体論ともいうべきものをその文学の核にしてきた。最晩年のこの短編集は、脳梗塞をやり、不自由を抱えた「俺」が、今一番興味があるのは自分の「死」だと公言し、その「人間の最後の未知」に向かう姿を描く。見届けることのできない己の肉体の「死」。意識の最後の冒険がそこから始まる。

〈とみおか・こういちろう〉 昭和32年、東京生まれ。中央大仏文科卒。『群像』新人文学賞評論部門優秀作。関東学院大教授、鎌倉文学館館長。著書に『内村鑑三』他。

 富岡幸一郎さん
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