夕食時、些細(ささい)なことで夫とけんかになり、腹が立ったので、無言でいつもより少し乱暴に食卓に食事を並べた。
それに怒った夫は「要らん」と言って、奥の部屋に引っ込んでしまった。
「しめた。敵は籠城だ。私の天下だ」と一人で音楽を聴きながら、ゆっくり食事を楽しみ、いつもよりたっぷりのデザートとコーヒーもお代わりし、満ち足りた気分になった。新聞も隅から隅まで時間をかけて読み終えてひと休み。
さて洗い物でもと台所で片付けをしていると、ガタンと音がして、おなかを空かせた敵が籠城から出てきたようだ。
「三日天下」ならぬ、「三時間天下」だったなあと思いながら片付けを続けていた。そのときふと、そういえば、昔けんかをしている父と母に「もう年なんだから仲良く暮らしたら」などと偉そうに意見していたことを思い出した。
長期戦になると疲れるし、けんかの原因も何だか忘れ、そろそろ停戦に持っていこうかと果物を用意し、そっと居間に行ってみた。
食卓に置いてあった食事は全部無くなり、満腹になった夫はこたつで平和な寝息を立てていた。寝首を搔(か)こうかと思ったが、武士の情けで止めにしてそっと毛布を掛けておいた。
ふと目を上げてみると、仏壇の父母の写真がニッと笑っているような気がした。
私もそのうち、娘に同じことを言われるのだろうと思い、写真の父母に笑い返した。
渡辺陽子(71) 横浜市都筑区