話の肖像画

谷垣禎一(20)「彼は本気だ」野田さんの気迫で3党合意

公明党の山口那津男代表(左)、民主党(当時)の野田佳彦元首相(右)と会談に臨む=平成24年8月
公明党の山口那津男代表(左)、民主党(当時)の野田佳彦元首相(右)と会談に臨む=平成24年8月

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《平成23年9月、野田佳彦内閣が発足した。民主党政権で3人目の首相だった。野田さんは東日本大震災からの復旧・復興を最優先課題とする一方、財政健全化は待ったなしだとして、「社会保障と税の一体改革」の実現にも意欲を示した》


ぐるっと回って、彼らもようやく落ち着くところに落ち着いてきたなと思いました。ちょっと前まで財務相をやっていた私からすると、民主党の財政に関する当初の考え方は、あまりに荒唐無稽だったのです。

無駄を排除すれば財源は捻出できると主張し、マニフェストに子ども手当や農家の戸別所得補償制度などを掲げましたが、それだけの財源をひねり出すには増税するか、国債を大量に発行するか、みんなが悲鳴を上げるような歳出削減をするしかないところまで、あのときの日本の財政はきていました。

それを全然分かっていないところから鳩山由紀夫政権は出発し、案の定、財源を見つけられなかった。次の菅直人政権は、消費税増税の必要性にある程度気づいていました。そこへ東日本大震災が起きて、復興財源の確保も課題となったのです。

ただ、「自民党が提案している税率10%を参考にしたい」という菅さんの言い方は、「自民党がそれをしょって川を渡るのなら自分もおんぶで渡っていこう」という印象を受けました。一方、野田さんからは「自分の手でその問題を解決したい」という感じがすごくしましたね。


《24年2月の党首討論で、谷垣さんは民主党内に消費税増税への強い反発があることを踏まえ、野田さんに「本当にやれるのか。足元を固めてほしい」と迫った。これに対し、野田さんは「51対49の党内世論でも、手続きを踏んで決めたらみんなで頑張っていくことを示していきたい」と答弁した》


党首討論で野田さんに協力を求められ、私は「先に党内をまとめなきゃだめなんじゃないですか」と投げかけました。そうしたら野田さんは「自分の党が半分に割れてもやる」という趣旨のことを答えましたよね。彼はそうやって気迫を正面にぶつけてくるスタイルなんですね。そういう正面を切るスタイルが、私に「こいつは本気だな」と思わせたのだと思います。


《同年6月、民主、自民、公明の各党は、当時5%だった消費税率を2段階に分けて10%へ引き上げる「社会保障と税の一体改革」の3党合意をまとめた。8月の3党の党首会談では、関連法案が成立したら「近いうち」に信を問うことで合意。民主党は関連法案に反対する議員の集団離党で分裂した。衆院解散は「近いうち」の合意から約3カ月後だった》


こちらの思惑としては、「近いうち」はもうちょっと近いうちじゃないかと思っていました。野田さんとしても「もう少し早くしないと具合が悪いかな」という気持ちがあっただろうし、こちらの思惑は百も承知だったと思います。自分の党をまとめるのに苦労したのでしょう。「近いうち」をめぐる違いは若干出てきちゃったけど、よくやってくれたと思いますよ。

どうして菅さんとは大連立構想の話がまとまらなくて、野田さんとは3党合意ができたのか。一つは、相手が考えていることをお互いによく分かっていたからだと思います。あのとき、私が財務相だったときの事務方と、野田さんの周りで税に関する立案をしていた人たちが、全く重なっていたんですね。共通の財務官僚を通じて、私の考えていることが野田さんに正確に伝わっていたと思うし、私も野田さんの考えていることを相当正確に知っていたと思います。その差は大きかったでしょうね。

それと、野田さんの気迫と度胸。ああいう人を党勢拡大に生かせないようでは、今の野党はどうしようもないと思います。(聞き手 豊田真由美)

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