アメリカ映画界最高の栄誉とされる第94回アカデミー賞の国際長編映画賞に濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」が輝いた。村上春樹氏の短編小説が原作で、カンヌ国際映画祭の脚本賞など数々の賞を受賞した注目作品だ。「喪失と再生」の物語に人々はどのような共感を抱いたのか。村上春樹作品に精通する思想家の内田樹(うちだ・たつる)氏は源氏物語から続く村上文学の水脈、チャップリンを愛してやまない映画好きの落語家、桂ちきん氏は厄災や紛争ですさむ人々の心を読み取る。(聞き手 横山由紀子)
心を揺り動かす日本古来の説話原型/内田樹
映画「ドライブ・マイ・カー」の原作は、村上春樹氏の短編集「女のいない男たち」に収められている。
舞台俳優を生業(なりわい)とする主人公の家福は、妻の浮気現場を目撃し、なかったことにして生活を続けるが、ある日、妻が病で急死してしまう。妻の死は自分のせいではないかと自責の念にさいなまれ、「ぼくは、正しく傷つくべきだった。見ないふりをして、自分自身に耳を傾けなかった」という印象的なせりふを吐く。表面を取り繕わず、もがき苦しみながら、自分の感情と向き合うべきだったのだと。