筋ジストロフィーに新治療法 マウスで効果確認 新薬開発に期待

糖鎖異常型筋ジストロフィー治療の研究成果を発表した愛媛大学大学院医学系研究科の金川基教授
糖鎖異常型筋ジストロフィー治療の研究成果を発表した愛媛大学大学院医学系研究科の金川基教授

筋力が徐々に弱くなる難病、筋ジストロフィーの治療に向けた研究で、愛媛大学大学院医学系研究科の金川基教授(48)と東京大学、神戸大学のグループは、糖鎖異常型とよばれる筋ジストロフィーを人工的に発症させたモデルマウスを用い、その治療にこれまでにない新しい手法を用いて世界で初めて成功したと発表した。4月14日(日本時間)に学術誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」に掲載。金川教授は「新薬の開発につながる画期的な成功だ。10年以内に人の治療に向けて応用を目指したい」と話している。

筋力が衰え死に至る

筋ジストロフィーは筋力が徐々に弱くなる遺伝性疾患の総称で、原因遺伝子は50種以上ある。根本的な治療法はなく、心不全や呼吸障害に対する対症療法が中心となっている。最も頻度の高い病型は「デュシェンヌ型」で、この型の治療薬は2020年5月に世に出ている。

日本では「福山型」を代表とする糖鎖異常型の小児期筋ジストロフィー患者が多いことが知られている。先天性で脳や目の異常を伴い、多くは20歳前後に心筋症や呼吸障害によって死に至るが、有効な治療法はまだない。

糖鎖とは、核酸、タンパク質に次ぐ「第3の生命鎖」といわれる生体高分子で、単糖が鎖のように連なっており、タンパク質や脂質などと結合して多様な生理作用を担う。異常がある場合は病気の発症につながる。

福山型の原因遺伝子は「フクチン」と呼ばれ、変異があれば福山型筋ジストロフィーを発症する。この遺伝子を発見したのは今回の共同研究者、東京大学大学院医学系研究科の戸田達史教授で、1998年のことだった。

遺伝子治療に成功

北海道出身の金川教授は北海道大学から同大大学院理学研究科に進み、博士課程(化学専攻)を修了後、米アイオワ大学医学部博士研究員に。2001年から、糖鎖の研究を始めた。「研究を始めたころ、留学先の研究室と戸田さんの研究室はライバル関係にあったが、筋ジストロフィー治療というゴールを目指す同志だった」と金川教授はいう。帰国してからは神戸大学で一緒に研究に取り組んできた。

糖鎖異常と筋ジストロフィーとの関係を解明するため、まずはモデルマウスをつくった。糖鎖ができるのに必要なISPDという酵素を人工的に欠損させたマウスで、筋ジストロフィーの疾患モデルとして有効であることをさまざまな検査や実験を通じて確定。次に発病させたマウスの治療が可能か、実験に挑んだ。

正攻法は遺伝子治療だ。欠損しているISPDの遺伝子を無毒化したウイルスに搭載してマウスに投与したところ、筋機能が改善し、筋肉量も増えた。糖鎖の素材となるのは細胞の中にあるCDP-リビトールという物質だった。治療を行ったマウスでは筋肉中のCDP-リビトールが増加していた。糖鎖が回復したのだった。

プロドラッグ化も達成

遺伝子治療の有効性を確かめた金川教授らはさらに、CDP-リビトールを直接投与する研究を続けた。問題点は、CDP-リビトールは細胞膜の透過性が悪いことと、分解しやすく生体内での安定性が悪いことだった。これらの課題を克服するため、新たな化合物を創出することを試みた。疎水性の成分を加えて細胞膜を透過しやすくし、細胞内に入ってからは細胞の代謝反応を利用して元の活性型に戻す「プロドラッグ化」という方法だ。

どのような化合物が適切なのか。毒性の低い物質でなければならない。薬の開発には安全性が重要事項で、開発の大きな障壁になるからだ。金川教授らは10種類の化合物を作った。ISPD欠損細胞に創出した化合物を添加し、糖鎖回復を指標に、薬効を評価していった。「1つの化合物につき、作るのに数カ月かかります。薬効の精査にも長い時間が必要でした」と金川教授は振り返る。

この中から到達したのは「TetA」と名付けた化合物だった。糖鎖の回復活性が認められ、毒性も低かった。これをマウスの筋肉に連続投与した。結果、筋ジストロフィーの改善が認められた。グループが作り出したプロドラッグ化CDP-リビトールは細胞内に到達し糖鎖の材料となって、糖鎖を回復させたのだった。

愛媛大学大学院医学系研究科の金川基教授。研究のモチベーションは患者やその家族への「なんとかしたい」という強い思いだ
愛媛大学大学院医学系研究科の金川基教授。研究のモチベーションは患者やその家族への「なんとかしたい」という強い思いだ

研究のモチベーション

金川教授の研究で、大きなモチベーションになっているのは、患者やその家族たちへの思いだ。

アイオワ大学で研究していたときのこと。「患者さんが研究室に見学に来られることもあった。家族が何の研究をしているのかと聞いてくる。まだ薬の開発をしているわけでもないのに、研究をしてくれてありがとうと心からのねぎらいの言葉をもらった。なんとかしたいと、研究を続ける原動力を得た瞬間だった」と話す。

金川教授は「私は化学をバックグラウンドにもつ生命科学の基礎研究者だ」という。今回の成果につながったリビトールリン酸は、金川教授らが注目したとき、日本に研究者は一人もいなかったという。「何十年も前のバクテリアで行われていた研究を参考にして、哺乳類にもあるに違いないと研究を進めた。さまざまな分野の基礎研究者のうちだれか1人でもかけていたら、見つけられなかったか、海外の誰かが見つけたと思う」と、基礎研究の重要性を語る。

糖鎖型筋ジストロフィーでの遺伝子治療、プロドラッグ療法とも、世界で初めて治療法開発に向け道筋をつけた形の研究。今後の展開について、金川教授は「今回発表した遺伝子治療も、CDP-リビトール補充療法も、なんとかして臨床研究のステージまで運びたい」と意気込む。「遺伝子治療は国内外を問わず興味を持ってくれる製薬企業はあるはずで、産官学で取り組んでいく」と見通している。一方、CDP-リビトール補充療法は「もう少し基礎研究が必要。具体的にはもっと効率よく細胞内に到達できるようなプロドラッグ化合物を開発中です」と話す。いずれも10年以内には臨床段階に進めたいとしている。(村上栄一)

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