小林繁伝

珍事発生…悲しい勝利の物語 虎番疾風録其の四(32)

阪神に移籍してきた小林にプロ初勝利の思い出を尋ねると、「なーんもねぇよ」と笑って答えた。

「そんなはずないでしょう。感動したとか、涙したとか、ないの?」

「ない。中継ぎで拾った勝利だったし、あのとき腹を立てていたんだ」

たしか昭和48年10月11日の阪神戦で、10―10の同点で九回に6番手で登板したときも小林は怒っていた。よう怒る人や。

昭和49年4月20日、後楽園球場での中日戦で小林はプロ初勝利を挙げた。シーズン3試合目の登板だった。

◇4月20日 後楽園球場

中日 201 000 000=3

巨人 002 101 01×=5

(勝)小林1勝 〔敗〕稲葉1敗

(本)高木守①(玉井)マーチン⑤(玉井)吉田②(稲葉)

先発・玉井の後をうけ、四回からマウンドに上がった小林は6イニングを3安打、5奪三振、無失点に抑えた。勝利が決まると吉田が抱きつき、王が黒江がマウンドに駆け寄って、ポンポンと小林の頭を叩いて初勝利を祝福した。

八回裏、巨人の攻撃中に〝事件〟が起きた。ベンチ横で小林がキャッチボールを始める。富田が四球で歩いて1死満塁となったとき、突然、右翼スタンドから小柄な男がグラウンドに飛び降りてきた。なんと全裸。初めはふんどし代わりにトイレットペーパーを腰に巻いていたが、着地した瞬間にパラリ。

マーチンの横を走り抜け、両手を広げて内野方向へ走ってくる。芝生の切れ目で正座し、ネット裏に向かって土下座。ファンも選手もしばし唖然(あぜん)。いや、小林だけが「この野郎、大事な試合をつぶしやがって!」と怒っていた。

警察によると、この男性、勤めている会社の社長に迷惑をかけた―とかでこの夜、大観衆の前で陳謝に及んだという。翌日の新聞には小林のプロ初勝利より事件の方が大きな記事になった。

「だから感動もなし」

――ウイニングボールぐらいもってるでしょ

「あるわけないだろ。誰もオレの初勝利だってことも忘れてたし」

悲しい勝利の物語だった。(敬称略)

■小林繁伝33

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