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心の師と巡り合った泰時 「北条氏の時代」本郷和人(文春新書)

いま大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では北条義時が活躍していますが私はこの新書を読んで、義時の長男で第三代執権、北条泰時と明恵上人との逸話を知り、感銘を受けました。

本書では時政から北条氏最後の得宗、高時まで「北条氏の時代」をたどります。ほとんど無名の一族がなぜ日本を動かせたのか、その歴史的役割を考える痛快なリーダーシップ論です。その北条氏の中でも泰時が「最も優秀なリーダーだった」と書く本郷さんは「なぜ泰時のような〝できる政治家〟が生まれたのか、その秘密は『京都』にある」と指摘します。

明恵は栂尾山高山寺に住していた高僧です。承久の乱は上皇方の敗北に終わりましたが、その後、残党狩りが行われ、高山寺へも探索の手が伸びました。匿っていた明恵も六波羅に連行されます。しかし「高山寺のある場所は殺生をしてはならぬ土地。(中略)気に入らないのであれば、どうぞ、私の首をはねてください」と答え、泰時はその毅然とした信仰姿勢に感銘を受け、以後、心の師となったのです。

二人は和歌で深い問答をしていますが、ある時、泰時は高山寺に荘園を寄付しようと申し出ました。が、明恵はそれを断り、「縁があるならば、生まれかわり、死にかわってもお会いすることでしょう。それは紙をつなぐ糊のように荘園の寄進の縁によってではありません」「我が心は空のような世界に住んでいるのですから」と返しました。

執権・泰時は御成敗式目の制定をはじめ武家社会の礎を築く数々の事業を実現させました。自分をかくも懐の深い政治家へ進化させたのも「一筋に明恵上人の御恩なり」と泰時は語っていたそうです。二人の問答の箇所を何回も読み、心が洗われました。

大阪府東大阪市 赤地謙三(84)

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