安藤政明の一筆両断

すり替えられた解雇金銭解決制度と中小企業への影響

安藤政明氏
安藤政明氏

厚生労働省がまたおかしなことを画策しています。「解雇無効時の金銭救済制度」の検討です。有識者検討会が4月11日に報告書をまとめました。参加した有識者は大学教授ばかりです。

「金銭救済」の対象は、解雇された労働者のうち訴訟や労働審判で解雇無効とされた人。救済方法は、労働者が望む場合に限って職場復帰せず金銭救済を選択できるというもの。「事業所がカネを支払って労働者との雇用関係を終了させること」は含まれません。「労働者がカネをもらって雇用関係を終了させること」だけの検討です。事業所の都合は完全無視という、いつものパターンです。それどころか、これまでの経緯もすり替えられています。

「金銭支払い」と「職場復帰しないこと」との取引による「解決」を、解雇金銭解決といいます。以前から「解雇金銭解決制度」の検討が繰り返されてきましたが、そのたびに労働組合などが反発して立ち消えになってきた経緯があります。「カネさえ払えば解雇できるとはケシカラン」のような主張です。今回は、単に労働者の選択肢が増えることだけが検討されています。労働組合などは反発どころか推進しそうな話です。

従来検討されてきた解雇金銭解決制度と異なり、今回は一方的な労働者救済制度です。検討会の名称も金銭「解決」制度ではなく、金銭「救済」制度にすり替わっています。しかしマスコミ報道は「金銭解決制度」。わざとでしょうか。

この金銭救済制度には根本的に大きな矛盾があります。

解雇された労働者は、不服なら裁判で「地位確認請求」をすることになります。解雇は無効だから「カネを払え」ではなく、「労働者の地位を認めろ」です。「職場に戻せ」という主張なのです。認められれば晴れて職場に戻れます。解雇無効が確定するまでの期間は、事業所都合の休業として賃金保障が受けられます。さかのぼって賃金が支払われることから、バックペイといわれます。バックペイと職場復帰。めでたし、めでたし、のはずですが…。

中には「職場に戻せ」と訴えておきながら、職場に戻りたくない人がいるわけです。それなら自己都合退職すればよいだけの話のはずです。それなのに厚労省は、裁判などで職場復帰を訴えて認められたのに自己都合退職したいという者を、バックペイなどに加えて金銭救済しようとしているのです。

この制度は、対象労働者が「退職したいからカネをくれ」と言ったときに、事業所の拒否権を認めない制度です。金銭救済と称して事業所に支払いを義務づける。刑法犯でもないのに、罰金でも科しているかのようです。

検討会の報告書には、解雇無効でも職場に戻らない割合が約3~4割とありますが、平成17年のアンケート結果に基づく数字です。しかし当時と令和の背景はまったく違います。平成18年に労働審判法、同20年に労働契約法が施行されました。この後、中小企業でも労働紛争が増加しました。現在の職場に戻らない労働者の割合は5~6割くらいではないでしょうか。そして、事業所の人数的規模が小さければ小さいほど、戻らない割合が高いことは想像に難くありません。

ここで金銭救済制度が導入されるとどうなるか。中小企業、それも人数が少ない事業所ほど、影響を受ける可能性が高いと考えられるわけです。これが狙いなのでしょうか。

退職を意識したら、わざと解雇されることを狙う者が増えるかもしれません。2~3日だけ無断欠勤してみたり、1回だけ上司を軽く殴ってみたり。指示命令は無視、情報は漏洩(ろうえい)。周囲の労働者には迷惑かけまくり。もちろん、やり過ぎると解雇有効になるのでほどほどに…。世も末です。

本稿で触れてませんが、裁判所がこのような場合でもなかなか解雇を認めないことこそが解雇法制の根本的誤りです。その結果、非正規雇用が増え、賃金が上がらない世の中になり、日本の国際地位が低下しても政治家も役人も知らん顔です。自分さえよければよいのでしょう。

救済制度が導入されれば、これまで以上に事業所が解雇に対し臆病になりかねません。十分に解雇有効の可能性があっても迷います。果たして誰が得するのでしょうか。そして誰の負担になるのでしょうか。これで日本は発展するのでしょうか。

労働契約は、完全な不平等契約です。労働者からの解約は事実上まったく自由ですが、事業所からの解約だけ異常に厳しく規制されています。終身雇用も崩壊して久しい令和において、解雇規制だけ昭和の判例がそのままで、さらにモンスター化しています。政治家もやる気がない。選挙対策上、労働岩盤規制に手を出さない政治家が賢いというのなら、わが国に未来はありません。

【安藤政明(あんどう・まさあき)】 昭和42年、鹿児島市生まれ。熊本県立済々黌高、西南学院大、中央大、武蔵野大卒。平成10年に安藤社会保険労務士事務所開設。武道と神社参拝、そして日本を愛する労働法専門家として経営側の立場で雇用問題に取り組んできた。労働判例研究会、リスク法務実務研究会主宰。黒田藩傳柳生新影流兵法荒津会師範、福岡地方史研究会監事、警固神社権禰宜・清掃奉仕団団長としても活動する。

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