書評

『読書セラピスト』ファビオ・スタッシ著、橋本勝雄訳 文学の処方は心に効くか

『読書セラピスト』(東京創元社)
『読書セラピスト』(東京創元社)

読書はメンタルヘルス不調を癒やす手段の一つとなるか。難しい問いである。読書に確固たる効能があるならば、出版不況など訪れていないし街角から本屋が消えていくこともない。物書きはみな健康にも金回りにも恵まれて満ち足りた生活を送れているはずだが、生憎(あいにく)そんな幸せはない。

本書の主人公ヴィンチェ・コルソもゆるやかに危機的な状況だ。国語教師としてのキャリアが閉ざされ、恋人には捨てられ、破れかぶれでローマのワンルームアパートに住居兼読書セラピースタジオを開設するのが物語冒頭である。文学部出身で、婦人雑誌に悩み相談コラムを書いていた経歴はあるが、カウンセラー経験はほぼなし。家賃も払えるか怪しい。

案の定、ヴィンチェは初回のカウンセリングに失敗。クライアントから、詐欺師、見せかけの教養、心底スノッブなイタリア男、先に自分の人生を再生したらと罵(ののし)られる。なんとも不安な船出である。時を同じくして、ヴィンチェの階下に住む読書家の老婦人が失踪する。警察は夫を重要参考人としてみるが、偶然にも知人の書店主から彼女の購入本リストを入手した彼は、少し違った着眼をする…。

このように本書はミステリー趣向を含み、原書はイタリアで推理小説を対象とする文学賞を受けている。ただし、ヴィンチェは探偵役だが素人であり、事件を執拗(しつよう)に嗅ぎ回ったり危険な目に遭ったりするといったサスペンス的興趣はない。幕間(まくあい)に差し挟まれるセラピー場面、あまた紹介される小説と引用、文学的言い回しを愉(たの)しむのがメインである。

登場する作家は、有名どころで、ヘミングウェイ、ポール・オースター、ホーソーン等々。日本からは小川糸がちらりと出てくる。しかし、ヴィンチェからこうした文学作品を処方された女性客のその後は描かれず、歯がゆい。

だが、それもそのはず、読書に即効性があるとはかぎらない。むしろ、国語の教科書に載っていた小説の含意に人生経験を積んでから気付くように、おそろしく遅効性である場合のほうが多い。そしてそれは、本書に秘められし謎を解読する鍵となる。(東京創元社・2310円)

評・西野智紀(書評家)

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