義理の息子に邪恋を仕掛ける「聖女」のたくらみ

実家で再会を喜ぶ玉手御前(左)と母。しかし玉手は両親に義理の息子への恋を打ち明ける=大阪市中央区の国立文楽劇場(前川純一郎撮影)
実家で再会を喜ぶ玉手御前(左)と母。しかし玉手は両親に義理の息子への恋を打ち明ける=大阪市中央区の国立文楽劇場(前川純一郎撮影)

あってはならない邪恋

今月、大阪・国立文楽劇場で上演中の文楽「摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)」(24日まで)。大坂・天王寺界隈(かいわい)を舞台に、お家騒動と玉手御前(たまてごぜん)の激しい恋情が交錯するドラマだ。

《しんしんたる夜の道 恋の道には暗からねども 気は烏羽玉(うばたま)の玉手御前》

「摂州合邦辻・合邦住家(がっぽうすみか)の段」で、玉手の出の場面の浄瑠璃はひそやかに美しい。外は漆黒の闇。人目を忍び、頭巾で顔を隠した玉手がひとり歩いてくる。頭巾の間からわずかにのぞく白い顔。「つづやはたち(19~20歳)」の若い色香がこぼれ落ちるようだ。

 俊徳丸の行方を追って、夜の道を忍んできた玉手御前(人形遣いは吉田和生)=大阪市中央区の国立文楽劇場(前川純一郎撮影)
俊徳丸の行方を追って、夜の道を忍んできた玉手御前(人形遣いは吉田和生)=大阪市中央区の国立文楽劇場(前川純一郎撮影)

若くして河内の城主、高安通俊(みちとし)の後妻になった玉手だが、義理の息子の俊徳丸(しゅんとくまる)に恋を仕掛ける。継子とはいえ、母と子。あってはならない邪恋である。

その恋心はまことか、偽りか。古来、幾多の論議を呼び起こしてきた。本物だという説が大勢だが、「合邦住家の段」で物語のクライマックス「切場(きりば)」を語る豊竹呂太夫は言い切る。

「私は、玉手は忠義の一心で俊徳丸に偽の恋を仕掛けたのだと思います」

狂乱する玉手に父は…

通俊には次郎丸と俊徳丸の2人の息子がおり、後継者には母が正室だった俊徳丸が選ばれていた。ところが、お家騒動で次郎丸が跡継ぎの俊徳丸を亡き者にしようとする。

折しも玉手は俊徳丸に邪恋を仕掛けるが、俊徳丸は病に侵され、容貌が変わり出奔。俊徳丸を追いかけ、玉手は自身の実家に現れる。玉手の父、合邦がかくまっていたからだ。玉手は両親に俊徳丸と夫婦にしてくれと頼むと、奥から出てきた俊徳丸の手を無理やり取り、そのいいなずけの浅香(あさか)姫につかみかかる。

《恋路の闇に迷うた我(わ)が身、道も法も聞く耳持たぬ》

情念と嫉妬に狂乱する玉手の浅ましさに耐えかね、父、合邦は娘を刺す。

俊徳丸のいいなずけ、浅香姫(右)につかみかかる玉手御前(中央)をひきはがした父の合邦=大阪市中央区の国立文楽劇場(前川純一郎撮影)
俊徳丸のいいなずけ、浅香姫(右)につかみかかる玉手御前(中央)をひきはがした父の合邦=大阪市中央区の国立文楽劇場(前川純一郎撮影)
狂乱する娘の玉手御前(右)に、合邦は刃を突き刺す=大阪市中央区の国立文楽劇場(前川純一郎撮影)
狂乱する娘の玉手御前(右)に、合邦は刃を突き刺す=大阪市中央区の国立文楽劇場(前川純一郎撮影)
情念と嫉妬に狂乱する玉手御前(右)。父に刺されて死ぬ間際、邪恋の真相を語り始める=大阪市中央区の国立文楽劇場(前川純一郎撮影)
情念と嫉妬に狂乱する玉手御前(右)。父に刺されて死ぬ間際、邪恋の真相を語り始める=大阪市中央区の国立文楽劇場(前川純一郎撮影)

命を狙われていた俊徳丸。恋と偽り、わざと毒酒を飲ませて病にして家督を放棄させる。命を救うとともに、お家騒動をも鎮めようとした。玉手の恋は深謀遠慮のたくらみだった。

「自分の命を捨ててまでお家を守り、子の命を救おうとする。それこそ、男と女の恋を超えたところにある究極の人間愛。それが玉手の真実なのではないでしょうか」(呂太夫)

呂太夫は今月、切場(きりば)を語る「切場語り」に昇格後、初舞台が今作である。祖父で人間国宝だった十代豊竹若太夫(1888~1967年)が得意とし、30代の頃には師匠で人間国宝だった四代竹本越路太夫(1913~2002年)に稽古をつけてもらった曲だ。

「今も越路師匠の語りが私の核となっています。近年、そこに祖父の語りのイメージが加わり、私自身の解釈も入ってきている。ようやく70代になって自分の語りになってきたということでしょうか」。そんな呂太夫は物語のその後を、どう読み解くか。

「ヒロインの玉手御前には忠義の愛、究極の愛がある」と語る豊竹呂太夫=大阪市中央区の国立文楽劇場(恵守乾撮影)
「ヒロインの玉手御前には忠義の愛、究極の愛がある」と語る豊竹呂太夫=大阪市中央区の国立文楽劇場(恵守乾撮影)

病に侵された俊徳丸だが「寅(とら)の年寅の月寅の日寅の刻」に生まれた女の肝臓の生き血を飲むと治るという。玉手はまさにこの生まれ。最初から自分の命を犠牲にするつもりだった。

自らの命と生き血をささげる玉手を、呂太夫は「聖女」と呼んだ。「一方でそれほどの行為だからこそ、根底には俊徳丸への恋情があるとの説もある。お客さまがどう感じてくださるかは自由です。さまざまに解釈できる幅があるのも文楽の深さでは」(亀岡典子)

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