朝晴れエッセー

3月月間賞は「優しい女学生」

3月月間賞の選考に臨む選考委員で作家の玉岡かおるさん(左)と門井慶喜さん=大阪市浪速区(鳥越瑞絵撮影)
3月月間賞の選考に臨む選考委員で作家の玉岡かおるさん(左)と門井慶喜さん=大阪市浪速区(鳥越瑞絵撮影)

朝晴れエッセーの3月月間賞に、桂さい子さん(82)=熊本市西区=の「優しい女学生」が選ばれた。昭和20年、東京大空襲に見舞われ、混雑する列車で家族とともに熊本まで逃れてきた当時5歳の筆者。途中で粗相してしまい、下半身裸の状態で駅に降り立った。真っ赤になるほどの寒さの中、手を差し伸べてくれた女学生への感謝の思いをつづった。選考委員は作家の玉岡かおるさんと門井慶喜さん、酒井充・産経新聞大阪文化部長。

3月に掲載された朝晴れエッセーの作品と選考委員の評価
3月に掲載された朝晴れエッセーの作品と選考委員の評価

酒井 今回から選考を担当します。よろしくお願いします。まずは玉岡先生と私が◎で、門井先生が〇の「優しい女学生」からお願いします。

今年もまた、あの東京大空襲の3月10日が巡ってきた。あの日の東京の悲惨な状況も忘れられないが、最も忘れられないのは優しい1人の女学生さんのことです。

玉岡 5歳の頃のおもらしをしたエピソードは胸に迫るものがありました。この年頃の女の子には、恥ずかしい気持ちがもう芽生えているので、つらい記憶だったのではないかと思われます。すさまじい体験です。物資も豊富ではない時代だから、隠すための手ぬぐいもなかったのでしょう。女学生さんの女の子に対する、女から女へのいたわりが、あの厳しい時代にもあったんだと感じました。

門井 82歳の女性が5歳だった頃の話を書いていますが、かなり長い時間がたっているのに記憶が克明です。「あの世に行ってからでもきっとお捜しするでしょう」という表現から、生きているうちに女学生さんに何とか会いたいという気持ちが非常に伝わってきます。強い文章と思いました。

酒井 5歳であっても、戦争の大変な時代の記憶は何十年たっても薄れないものなのかと驚きます。自分は5歳の記憶はほとんどありません。戦争のエピソードと重ねて鮮烈なことが書かれていて印象に残りました。門井先生は「先生へ」が◎ですね。

先生との出会いは2年前の春、休校中に家で見た転任教員の紹介動画でした。

門井 石川啄木の「はたらけどはたらけど~」にちなんだ文章を書いたり、「青天の霹靂(へきれき)」「真摯(しんし)」という言葉を使ったり、国語が得意なのでしょう。「時間を奪う」という表現をさりげなく書いているのは先生に悪いと思っている気持ちの表れで、好感を持ちます。国語的要素では、今月一番評価できる作品です。年齢抜きにして、よく書けていると思いました。

酒井 では、玉岡先生と門井先生が〇を付けた「前略 見知らぬ先輩へ」をお願いします。

冬晴れのある日、新聞社から封書。何だろうと開けると一葉のはがきが。

玉岡 この作品が書かれたのは、新聞掲載である朝晴れエッセーならではの成果でしょう。「炭鉱」「黒いダイヤ」といった言葉が出ると、高度経済成長を支えた石炭エネルギーの時代へと一気に気持ちが持っていかれます。

門井 タイトルに「前略」と付いていて、先輩に呼び掛けているような作品でありながらも、文体は書簡体ではないですが、親しみや温かみを感じます。ラストは寂しい話ながらも、ポジティブに締めくくったところはいいですね。

酒井 玉岡先生と門井先生の〇が重なった「餃子の日」に参りましょう。

わが家の餃子は水餃子である。そして、餃子のときは餃子しか食べない。

玉岡 家族の顔と声、ほかほかの餃子の熱が伝わってくるような、五感で楽しめる作品でした。餃子っておいしいんですが、作るのは大変で「少々決心が必要」という表現は、めっちゃ分かります。(朝晴れエッセーの前身で夕刊掲載の)「夕焼けエッセー」でこの作品を読んだとしたら「あ、今日の晩ご飯は餃子にしよう」と思ってしまいそうですね。

門井 この短い文章の中に「餃子」という言葉がタイトル含め20回出てきます(笑)。餃子についてのみを書いていますが、形状などバリエーションや個数についてなども書かれていて、飽きさせません。

酒井 新聞の原稿では同じ言葉が何度も登場するのはよくないとされているのですが、エッセーならではですね。嫌みも感じません。玉岡先生が〇の「幸せのちらしずし」はどうでしたか。

郷里から父が訪ねて来るという。届いたはがきには用件は書いていなかった。私は定職に就いたばかりの22歳で、1つ年上の彼女と同棲をしていた頃のことである。

玉岡 彼女と同棲(どうせい)している息子のアパートにお父さんが訪ねてきた、という内容です。お父さんは、様子を見に来たと思われましたが、息子に正面切って「結婚しろ」と言います。「台所に立った彼女の顔は見えなかった」というくだりは、じんと来ました。「幸せの~」というタイトルは、一見よくあるタイトルに感じますが、これしかないとも思いました。

酒井 私が〇を付けた「キッチンでのお茶会」は純粋に感動しました。文章は長くないですが、亡くなった父や母、友人たちの写真が並んでいる情景が目に浮かぶような内容でした。さて、月間賞を決めたいと思いますが、評価の状況から「優しい女学生」になるかと思いますが、いかがでしょうか。

キッチンにある母の嫁入り道具の古い茶簞笥(だんす)の上に、父の写真を飾った。

玉岡 東京大空襲を体験し、語ることができる人がどんどん少なくなり、記録は貴重ですね。

門井 この作品で異存ありません。

酒井 では3月月間賞は「優しい女学生」に決定いたします。

受賞の桂さん「人を思いやる心くださった」

今般、私のエッセー「優しい女学生」が月間賞に選ばれたとお知らせがあり、私は大変驚き恐縮いたしております。新聞掲載後、ある読者様の心温かいご配慮により、多くの友人、知人の皆様方にお願いして優しい女学生さんの手がかりを捜してくださいましたそうでございます。77年の歳月が遠く、また「歳々年々人同じからず」で、今日にしてはあまりに遅きの感。しかし幼女のときに私がお受けしたあの女学生さんの温かく優しいお心は、その後の私の人生の旅路においてどれほどの優しさと人様を思いやる心を私にくださいましたことか。たとえ今生でお会いできなくても、今回多くの皆様方の優しいお志に感謝し厚く御礼申し上げます。




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