漫画漫遊

「5万点の味」を求めて 青木潤太朗原作、森山慎作画「鍋に弾丸を受けながら」

©Juntaro Aoki 2022 ©Sin Moriyama 2022
©Juntaro Aoki 2022 ©Sin Moriyama 2022

春爛漫(らんまん)である。花粉は飛んでいるし相変わらずのコロナ禍だが、それでも春の日差しの下では生きている実感が湧くし、おいしい食事や趣味も楽しみたくなる。その欲求を読書的に満たしてくれる本作は、「5万点の味」と「釣りの多幸感」を求めて世界の危険地帯を訪ね歩いた著者の旅の記録である。グルメに釣り、オタク要素にアウトロー要素少々…。何が入っているのかよく分からないが妙にうまい、闇鍋みたいなノンフィクション漫画だ。

<治安の悪い場所の料理は美味(うま)い>。主人公である原作者で釣り人の〝私〟は、この仮説を証明するように旅行先のメキシコやブラジルなどで「日本にはない料理」を味わう。米シカゴではパンごと鍋の肉汁に浸した特盛のビーフ・サンドイッチを堪能。アマゾンでは現地の人が一番と断言するオレンジジュースに衝撃を受ける。「分析のできない味」という表現がえもいわれず良い。

本作の登場人物はおそらく、多くがむくつけき男性たちである。治安の悪さやマフィアなどの影もちらつく。ただし見た目が美少女の姿で描かれるので、思ったよりバイオレンスな印象は受けない。開高健や高野秀行のエッセーを甘いメープルシロップで味付けしたかのようで、最初は頭が混乱するのだが、これはこれであり。直接的な暴力描写がないのもありがたい。

趣味に没頭している人々特有の「多幸感」の描写も良い。人間関係はベタベタしておらず、ただ「釣り」「食」が好きという点でつながっている。文化の相違や世界のオタク事情も垣間見えるなど明らかに要素マシマシのスパイス過剰な作品だが、結果として謎の調和を見せている。「どういうことなんだ…」と〝私〟は作中でよく困惑するが、これは読者のセリフでもある。

作中で〝私〟が感じた驚きや興奮、しみじみとした郷愁は、まるで自分が体験したかのように心にしみ入る。大仰な物言いかもしれないが、これこそが芸術の持つ力なのだと思う。今後の世界情勢を考えるとつい悲観的になりがちだが、まだまだ世界には自分が知らない素晴らしいものや感覚で満ちているのだ。既刊1巻。

会員限定記事会員サービス詳細