令和2年、最初の緊急事態宣言が出たときに多くの店舗が休業した。外出するのはスーパーマーケットと薬局、そして近所の小さな書店のみ。書店が開いていることに救われた思いがした。
多くの娯楽施設や公共施設である図書館も閉じてしまった中、書店はオアシスのように感じた。実際この時期は本の売り上げが伸びたと聞くが、どこにも行けない、人に会えないというフラストレーションを解消するために、本を求めた人がいたのだろう。背表紙を眺めているだけで心が落ち着いた。
ところで東京・神保町は古書店や出版社が多く「本の街」と呼ばれており、多くの本好きが集まってくる。ここにこの春に新しい書店がいくつか開店した。私も縁あって、その一つに参加している。
いわゆる「シェア書店」で、棚ごとに契約者がいる。それぞれの棚主が自分の棚に並べる本を選ぶ共同型書店。私が棚主となった「PASSAGE by All Reviews」はフランス文学者の鹿島茂さんプロデュースで、作家、書評家、出版社、一般の方まで棚主は幅広く、並べる本は自書、新刊、古本、自費出版、同人誌でも構わないという。
新型コロナウイルス禍になって、近所の書店に出かける機会は増えたが、神保町への足が遠のいてしまった。神保町を盛り上げる一端になれば、と参加を決めた。私は自分が読んだ本、書評した本を付箋もそのままにして並べている。自分の棚を確かめるために店舗へも出かけたが、他の棚を眺めるのが思いがけず面白かった。
もう一軒、同じくシェア書店「猫の本棚」も開店した。こちらは映画監督の樋口尚文さんの書店。樋口さん自身の映画関係の書籍も多数あって、クラシカルな内装も印象的。特に映画好きな人には惹(ひ)かれる店だと感じる。
シェア書店は売り手の顔が見えるのが興味深い。棚主である以上、その言葉はそのまま自分に跳ね返ってくるが、神保町付近に出かける愉(たの)しみ、本棚を眺める愉しみが増えた。直接会えなくても、書棚を通じて誰かと愉しみをシェアできたら嬉(うれ)しい。
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【プロフィル】中江有里
なかえ・ゆり 女優・脚本家・作家。昭和48年、大阪府出身。平成元年、芸能界デビュー。多くのテレビドラマ、映画に出演。14年、「納豆ウドン」で「BKラジオドラマ脚本懸賞」最高賞を受賞し、脚本家デビュー。文化審議会委員。