鑑賞眼

「広島ジャンゴ2022」次に続く希望を胸に 

子連れのガンマン、ジャンゴ(天海祐希、右)と馬のディカプリオ(鈴木亮平)=細野晋司撮影
子連れのガンマン、ジャンゴ(天海祐希、右)と馬のディカプリオ(鈴木亮平)=細野晋司撮影

天海祐希、鈴木亮平のW主演で広島を舞台にした西部劇と聞けば、果たしてどんな痛快活劇が描かれるのか、期待も高まるというものだ。

その期待は冒頭のカキ工場、同僚とうちとけることなく黙々とカキをむくシングルマザーの山本(天海)に、いい意味で裏切られる。このおとなしい山本が大暴れするのかと思いきや、西部劇での子連れのガンマン、ジャンゴ(天海)は、痛めつけられ、ボコボコにされるシーンの方が多い。

対する鈴木はというと、周囲に合わせない山本に手を焼くシフト担当の木村役。優しい人物ではあるが、気弱で優柔不断。そんな木村は迷い込んだ西部の町、ヒロシマで、まさかの馬のディカプリオになっている。

深刻な水不足に悩むヒロシマでは、ワンマンな町長、ティム(仲村トオル)一派がやりたい放題。町の人たちは圧政に苦しみながらも抵抗を諦め、貧しい暮らしを強いられている。旅の途中にこの町を訪れたジャンゴ一行は、町の人たちに変化をもたらすも、町民はなかなか団結せず、権力者を倒すのは命がけだ。

銃を打ち合う壮大な西部劇を挟み込みながらも、これがただの痛快活劇にならないのは、木村の姉、みどり(土居志央梨)の存在が大きい。この世にもういないみどりは、戦うだけでなく逃げることもあっていいのだと自戒を込めて諭し、見て見ぬふりでなく、周囲にちょっとだけ視線を向けてやってほしいと弟に訴える。その存在に、言葉に、脚本、演出の蓬莱竜太の優しいまなざしを感じる。

正義を貫く難しさが凝縮された「弱い人間」の代表である沢田・チャーリー役の藤井隆、大人の社会に若い勇気でまっすぐぶつかるケイ(芋生悠)とエリカ(北香那)など、蓬莱はさまざまな人物の感情をていねいにすくう。観客の感情を盛り上げる迫力ある生の音楽も効いている。

木村が繰り返す「悪いやつしか死なず、弱者が救われる、夢みたいな」、まさに西部劇の世界へのあこがれは誰しもにある。なぜならこの世は、不公平で不条理で弱者に冷たい。勧善懲悪など夢物語であることは、昨今の世界情勢が物語っている。だからこそ、ジャンゴの最後のせりふが胸に刺さる。倒れても、負けても、次に続く者たちがいると信じられるから、そこに希望が生まれるのだ。

広島とヒロシマを行き来した物語はラストで再び、カキ工場へ。何も変わっていないように見えて、交わることのなかった山本と木村は、互いに少しだけ心を開くようになる。ただそれだけ。だが、ただそれだけのことに意味がある。

大きな変化は望めなくても、わずかな変化を繰り返しながら、明日はきっと、今日より少し良くなっていく。そんな希望が確かに胸に広がった。

30日まで、東京・渋谷のBunkamuraシアターコクーン。問い合わせは、03・3477・9999。大阪公演あり。(道丸摩耶)

公演評「鑑賞眼」は毎週木曜日正午にアップします。


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