ビブリオエッセー

死生観の違いを超えて 「死という最後の未来」石原慎太郎/曽野綾子(幻冬舎)

曽野綾子さんと2月に亡くなった石原慎太郎さんとの対談である。刊行は2年前。死をテーマに気心の知れたお二人のやりとりがとても興味深かった。

「はじめに」で石原さんは、死は最後の「未知」、最後の「未来」だという。そこで「同じように人生の侘しさを託(かこ)つ者として、そして同じ作家としての老年の感慨を披(ひ)歴(れき)し合うのは互いに死を控えた者として、改めて得るものが多いのではないかという期待で、この対談を始めました」と記していた。

戦争や病気のこと、宗教、宇宙…多くのテーマが死と結びついていく。石原さんは弟、裕次郎さんを若くして亡くしたことにふれ、随所で生や仕事への執着を語る。「命ある限りは自らを鼓舞して、輝かせていくしかない。僕はまだこれでもかというくらい、やりますよ。そして、やはり貪欲に死の実相を探り尽くしたい」

これに対し曽野さんは「生涯は単なる旅路にすぎない。その旅路を行く」「死というものには結論など出ない。(中略)死はすべての人に平等に訪れるものであって、これだけ、あれこれと命題が与えられている、ということが素晴らしい」と死を静かに見つめる。

年齢は近いが、法華経を自らの生き方の哲学とした活動的な石原さんと、すべては神様の思し召しとカトリックの信仰に生きる曽野さんでは歩んできた道のりの違いもあり、対極の死生観を持っていて、これも不思議はあるまい。

私もほぼ同い年だが曽野さんの考え方に近いと思う。最後にお二人が口にしていた、お世話になったすべての人たちへの感謝は、私も忘れないでいたい。石原さんの死去で改めて読んでみたが、胸に迫るものがあった。

大阪府茨木市 浅野素雄(91)

投稿はペンネーム可。650字程度で住所、氏名、年齢と電話番号を明記し、〒556―8661 産経新聞「ビブリオエッセー」事務局まで。メールはbiblio@sankei.co.jp。題材となる本は流通している書籍に限り、絵本、漫画も含みます。採用の方のみ連絡、原稿は返却しません。二重投稿はお断りします。

会員限定記事会員サービス詳細