東京特派員

湯浅博 桜橋を渡って厄払いをしよう

みぞれが降る東京・浅草を歩く人たち。右はしだれ桜=3月22日午後
みぞれが降る東京・浅草を歩く人たち。右はしだれ桜=3月22日午後

この季節、どこで桜を愛(め)でようかと考えるうち、隅田川を見下ろす向島の墨堤(ぼくてい)に来てしまった。江戸っ子が「花見に向島に行く」とは墨堤のことで、江戸の昔から、三囲神社から長命寺にかけての隅田川の堤が桜の名所であった。

だが、こちらに足が向いたのは、桜餅を食べ損ねた数年前の記憶と結びついている。春になると、落語の「おせつ徳三郎」にも出てくるあの一席が浮かんでくるのだ。

「あれは長命寺だ。門番が桜の葉をひろって、その葉でつつんだのが桜餅のはじめだ」

長命寺の桜餅は、元禄4年、下総銚子から出てきた山本新六という男が、長命寺の門番をつとめるかたわら、墨堤の桜の葉を集めてつくった。山本屋が3枚の桜葉に包んだこの桜餅が、やがて江戸の名物になった。

あの時も午前中に訪ねたが、入り口に「午後2時から先着順」と張り紙があって、がっくり。そこで目と鼻の先にある言問団子にシフトして、「花より団子ですな」などと、春うららを楽しんだ。

で、今回は手回しよく予約の電話を入れ、論説委員室の仲間の分まで買い込んだ。まずは墨堤のベンチで1つを頰張ってみる。香りよし、味よし。1つ目は桜葉ごといただき、2つ目は葉を外して味わった。川風に花弁がちらちらと舞い、ゆったりと時の流れる平穏な日本の春を満喫する。

ふと、砲弾とミサイルに破壊し尽くされたウクライナの惨状を思う。恐怖と飢えに耐えている彼らには、春はまだ遠いに違いない。はるばる戦場の街から避難してきた日本で、ウクライナの人々が和風文化の生活に慣れるまでの別の苦労が待っている。

それにしても、ロシアの独裁者プーチンは平然と噓をつき、人を殺すことのできる虚無の血が流れている。ウクライナ侵攻はしないと言いながら大規模に侵略し、標的は軍事施設だけと言いながら、民間住宅、病院、学校、教会を爆撃して大量殺戮(さつりく)した。

バイデン米大統領ではないが、「この男を権力の座にとどまらせておいてはならない」という怒りには、全面的に同意する。それは単なる憤怒であって、「体制転換を意味しない失言だった」などの釈明はいらない。

「プーチンの噓」は庶民と違ってスケールが大きく、その殺戮の罪はさらに大きい。屈折した独裁者の噓は限りがなく、フランスのオランド前大統領から「彼は噓つくのが習慣化している」とまで言われていた。

落語でいうと、「弥次郎」に登場するほら吹きはかわいいものだ。ご隠居を相手のほら話は、名人の域にある。

侍になった弥次郎が恐山で山賊に囲まれ、大岩をちぎっては投げして、追い散らす。イノシシに馬乗りになって一物を握り殺すと、腹から子供がシシの16匹飛び出した。

村の娘に思いをかけられ、逃げた先の貧乏寺にあった大きな水がめの中に隠れる。女の一心で娘が大蛇に化けたか、水がめを7回り半も巻いた。

「そのときも侍かい?」

「いや、安珍という山伏で」

「どうりで法螺(ほら)を吹きどおしだ」

さて、日本には噓も方便、噓の効用、噓は泥棒の始まりなどという〝道徳律〟がある。しかし、落語評論家の矢野誠一さんによれば、噓をつく方も名人なら、相手の騙(だま)されっぷりのよさにも、「それにふさわしい技術というものがある」そうだ。半信半疑でありながら、相手にそれと悟られない。

噓つき弥次郎のそれはなかなか絶妙ではあるが、プーチンの噓は見え透いて腹黒く、その行為は残虐でいけない。「あの顔が承知しない」と、誰かが言った。せっかくの花見なのに、無粋な数々に頭の中を占領されてしまった。

桜橋を渡って浅草界隈(かいわい)を歩き、浅草寺で厄払いをして帰ろう。(ゆあさ ひろし)

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