ビブリオエッセー

誇り高きものづくりの仕事 「春は鉄までが匂った」小関智弘(ちくま文庫)

著者はものづくりのまち、東京都大田区の工場街で生まれ、旋盤工として働きながら数々の作品を発表してきた。工場労働者を描いた作品は多いが小関さんのように長く現場に身を置いた作家がいたことは知らなかった。

手がけた作品はルポから小説まで幅広く、芥川賞や直木賞の候補にもなった。専業を勧められることが何度もあったそうだが現場に身を置くからこそ書けるという。

この本は1979年に刊行されたルポだ。当時の町工場の技術革新や現場の風景が詳しく描かれている。職人気質は今に通じると思った。「アルチザンには、発見はあるが発明がない」。ある詩人が小関さんに語った言葉だ。「熟練工的な思考のもつ保守性。(中略)大きな展望を見失いがちな弱点」を突かれたという。しかし、「町工場的な思考で(中略)労働がどんなものかを見つめたい」と返したそうだ。

ココ・シャネルの「ファッションデザイナーは職人なのであって、芸術家にはなり得ない」という言葉を思い出す。職人は単調な作業の繰り返しの中で(仕事とは本来そういうものだろう)、完璧を目指して工夫を重ねていく。

面白かったのは旧ソ連が特許を取ろうとしていたある技術のこと。実は日本の町工場では、職人の工夫で当たり前になっていた。左官業をしていた叔父は、長年コツコツ続けていくと道具に合わせて肉体が変化していく―と語っていた。技術を磨いていくことで独創性が出てくる、それが職人なのだ。

書名もロマンチックだ。鉄は本来、無臭なのだが、工場の仲間は「鉄だけではなくて、削っているときには真鍮や銅やアルミニュームの匂いを嗅ぎわけてみせると断言した」という。

職人の矜持がうかがえる言葉ではないか。

大阪市西区 長野美樹(61)

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