書評

『コスメの王様』高殿円著 化粧品王と芸妓 成長描く

神戸を舞台にした華やかな物語が、神戸出身の作家の手によって、またひとつ誕生した。主人公は、明治の世に生まれた利一とハナ。利一は、実在した「化粧品王」こと中山太一がモデルとなっている。明治時代に生まれたひそやかな恋と信頼が、利一とハナというふたりの男女の人生を押し上げてゆく様が描かれる。

利一は、山口の田舎に生まれた秀才だった。本当は学校で学びたかったのだが、家の商売がうまくいっておらず断念し、神戸という活気ある都会にやってくる。一方、ハナは兵庫の田舎で生まれたが、家が貧しかったために売られ、神戸で舞妓(まいこ)になるための修行をする身。利一の美しい顔と言葉遣いをハナは忘れられず、ふたりはその後も交流が続く。時代は明治から大正へと移り変わるなかで、利一はコスメの販売を始め、ハナは芸妓(げいぎ)の道を歩み始めるのだった。

本書の魅力的な点は、利一の「化粧品王」への道のりとともに、色町でハナが必死で生き抜いた様子を丁寧に描いたところである。ただの田舎出身の少年であった利一が、仕事をするなかで「これからは芸妓だけでなく素人も化粧する時代が来る」と考えるようになり、日本で初めてコスメの大々的な宣伝をするまでに至るビルドゥングス・ロマン(成長小説)もじゅうぶん面白い。しかし同時に、色町でひとり生きてゆくしかなかったが、それでも自分の理想とする姿勢を崩すことなく生き抜いたハナの葛藤と決断もまた、読んでいて感動してしまう。歴史に残るのは、実際に起きたことのほんの一部だ。利一の成功のそばにはハナとの絆があったように、当時を生きたたくさんの女性たちの凜々(りり)しい姿が、小説の背後から見えてくる気がする。

もちろん、明治時代の神戸の風俗もまた、読みどころのひとつである。ハナの仕事であるお座敷の様子や、利一が取り扱っていた西洋からの輸入雑貨、ふたりの生きていた神戸の街の風景が、小説のなかで華やかに描かれる。

コスメを日本に広めたことで知られる男性の物語は、その実、神戸に生きた華麗な女性たちと活気ある神戸の文化に支えられていたことが伝わってくる一冊である。(小学館・1760円)

評・三宅香帆(書評家)

会員限定記事会員サービス詳細