書評

『八月の母』早見和真著 数十年に及ぶ母娘の呪縛

化膿(かのう)した傷を治す方法は、基本的には一つしかない。傷薬を塗ることではない。膿(うみ)を出し切ることだ。早見和真は長編小説『八月の母』において、後者のアプローチを徹底展開することで、古今東西の物語作家たちがトライし続けてきた母と娘の呪縛関係に治療を施した。

優しい夫と5歳になる息子とともに東京で暮らし、現在は長女を妊娠している美容師の「私」。27歳の誕生日を間近に控えた8月のある日、彼女が母の存在に思いを馳(は)せたところで、プロローグは幕を閉じる。本編全二部のうち「第一部 伊予市にて」は1977年8月から数年ずつ時を刻みながら、愛媛県伊予市に暮らす母娘の物語が描き出される。越智美智子は幼少期から母に振り回されたのち、「気まぐれ」で子供をもうけた。その子供である越智エリカもまた母の存在に苦しみ、「この街を出て行きたい」と願いながらも、ある出来事のせいで叶(かな)えられなくなり─。時空が飛んで2012年6月から始まる「第二部 団地にて」は、伊予市の市営団地の一室に形成された、「ママ」を中心とする擬似(ぎじ)家族の盛衰を追いかけていく。

物語が数十年にも及ぶ理由は、母と娘の呪縛の連鎖を、多層的に表現するためだ。娘は、自分の人生に対して支配的に振る舞う母の呪縛に苦しんでいた。にもかかわらず、自分が母になると、今度は自分の娘世代に同じような呪縛を強いる。母と娘の周囲に現れる男たちは、救いになるどころか、呪縛に火をくべる。男女を問わず登場人物たちが折に触れて、海へと足を運ぶ場面は重要だ。美麗な風景を前に語られる理想論や教訓話は、本人の思惑としては、娘たちに〝傷薬を塗る〟ものだ。が、全く機能していない。ただし、物語の上では重要な役割を果たしている。言葉遊びに聞こえるかもしれないが、海の場面は〝膿を出す〟場面なのだ。

エピローグの舞台に海が選ばれたことは必然だった。母と娘の呪縛の連鎖と、それに火をくべる男たちの姿を400ページかけて綴(つづ)ってきた物語は、ラスト35ページで〝膿を出し切る〟。読んでいる間中、ずっと心が痛かった。しかし、激痛をこらえたからこそ、真の回復を体験することができたのだ。(角川書店・1980円)

評・吉田大助(書評家)

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