展望台を登ると、眼下に穏やかな海が360度広がっていた。なだらかな尾根に桜の木がどこまでも連なり、海に浮かぶ巨大な橋へと続く。
瀬戸内海に浮かぶ6つの島を橋と道路で結ぶ「瀬戸内しまなみ海道」の真ん中に位置する生口島からフェリーで5分。岩城島(愛媛県上島町)は約1900人が暮らす小さな島だ。中央に腰を下ろし裾野を島全体に広げる積善山は、美しい稜線(りょうせん)から地元の人々に「岩城富士」とも呼ばれている。
春には約10種類、三、四千本もの桜が約4キロにわたって咲く。「積善山三千本桜」と呼ばれ、岩城島を含む芸予諸島有数の桜の名所となっている。
桜はすべて植樹されたものだ。先の大戦中、根から採れる油を軍用機の代替燃料にしようと、山を覆っていた松が伐採されてしまった。株ごと掘り起こしたため、山肌があらわになり土砂崩れや川の氾濫が頻発。改善策として桜が植えられたのが始まりという。
今では人生の節目で積善山に桜の苗を植樹するのが島民の慣習となった。保育園や小中学校の卒業記念、成人式、厄払いや還暦などに、同期で集まって植樹をしている。
毎年植樹会を行っている岩城老友会の岡野英二会長(80)は「進学や就職で島外へ出ていった人々が生まれ育った町を思い出すきっかけにもなっている。これからも郷土の誇りとして守っていきたい」と話す。
島では先月、新たに「岩城橋」が開通し、上島町の4島をつなぐ「ゆめしま海道」が完成。離島を巡ることができるサイクリングコースとして観光面でも注目が集まっている。
三千本桜は、天女の羽衣にもなぞらえられるという。春を迎えた山にたなびく薄紅色の羽衣は、住民の思い出とふるさとに寄せる心で織り上げられている。
(写真報道局 萩原悠久人)
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多くの人でにぎわう山頂の展望台=愛媛県上島町(萩原悠久人撮影)