日曜に書く

論説委員・別府育郎 明るい表通りで

NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」では、るい(深津絵里)が錠一郎(オダギリジョー)の「明るい表通りで」の演奏をきっかけに、関係を深めていく様子が描かれた
NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」では、るい(深津絵里)が錠一郎(オダギリジョー)の「明るい表通りで」の演奏をきっかけに、関係を深めていく様子が描かれた

NHKの朝の連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」は番組を通して流れ続けたスタンダードナンバー「オン・ザ・サニーサイド・オブ・ザ・ストリート」の演奏で大団円となった。上白石萌音(安子)、深津絵里(るい)、川栄李奈(ひなた)と三代の主演女優の名演と共にジャズシーンへのオマージュが印象に残る快作となった。

安子

安子は初デートの舞台となる喫茶店「ディッパーマウス・ブルース」でルイ・アームストロングの名演による「サニーサイド」と出合う。ディッパーマウスはサッチモと並ぶルイのニックネームで、ルイは娘(深津)の、「サニーサイド」の邦題「ひなたの道」は孫(川栄)の名となった。

戦災孤児が喫茶店の窓の外で「サニーサイド」のレコードに聴き入るシーンは、サッチモが貧しかったニューオーリンズの少年時代にベイズン街の喫茶店でジェリー・ロール・モートンが弾くピアノに戸外で耳を傾けた逸話にならったか。

成長した孤児、ジョーこと大月錠一郎(オダギリジョー)は大阪でトランペッターとなり、東京進出を賭(と)してライバルのトミー北沢(早乙女太一)とアドリブ合戦に臨む。

時代劇のチャンバラの映像がオーバーラップし、目まぐるしく攻守が入れ替わる白熱の場面は、映画「コットンクラブ」でグレゴリー、モーリスのハインズ兄弟によるタップダンス対決にマフィア抗争のマシンガンの銃声がシンクロするシーンを彷彿(ほうふつ)とさせた。

もっとも「コットンクラブ」自体が往年の名画「ストーミー・ウェザー」へのオマージュにあふれた作品で、「ストーミー…」では有名なニコラス・ブラザーズがタップの技を競った。3組の音楽対決は、いずれも固い握手や抱擁で幕を閉じる。

対決に勝ったジョーは東京に向かうが、突如、ペットが吹けなくなる奇病に襲われ、ジャズから離れることになる。

るい

るいの伴侶となるジョーはドラマの終盤でピアニストとして再生する。これは番組の音楽を担当した金子隆博の実話でもある。米米CLUBのサックス奏者だった金子は突然、サックスが吹けなくなる「局所性ジストニア」を発症し、猛練習を経て鍵盤奏者に転じた。

その間の苦悩と希望の物語を金子自身が朝のNHK情報番組「あさイチ」で語ったことで、物語は説得力を増した。

ジョーに代わって東京で名声を得たトミーは喫茶店「ディッパー…」でジョーと再会する。店に求められてトミーがサインを書いた自身のLPのジャケットは、日本のジャズトランペットの草分け、南里文雄のレコードにそっくりだった。

南里は本場の音を求めて戦前の上海に渡り、フランス租界でサッチモとの共演もあるピアニストのテディ・ウェザフォードと出会う。視力のほとんどを失った晩年に模造紙に特大の字で記した自身の年譜を、ご家族にみせていただいたことがある。そこには、「昭和四年十月 上海ニ渡ル 黒人ピアニスト、テディ・ウェザフォード(サッチモ)師事ス」とあった。

昭和28年12月、サッチモ初来日の際には「歓迎委員長」に推されて羽田空港で出迎えた。終生のアイドルは南里の手を握り、「ありがとう、日本のサッチモ」と応じたのだという。

ひなた

ひなたという名は「サニーサイド」の邦題に由来するが、一般には「明るい表通りで」の方が通りがいい。

番組が始まる1年ほど前、友人のバンドのライブで「サニーサイド」をリクエストすると、「そんなところだと思ったよ」と苦笑された。あまりにポピュラーな曲だったからだろう。行きつけのピアノバーでもよく弾いてもらっていた。

笑われようがどうしようが好きなものは好きなのだが、まさかこの曲がこれほどフィーチャーされるドラマが生まれるとは思ってもみなかった。

こう歌われる。

Life can be so sweet

On the sunny side

of the street

(陽(ひ)の当たる道を行けば、きっとうまくいくさ)

松重豊が演じた時代劇役者、伴虚無蔵(ばんきょむぞう)に今、「おぬし、それでお天道さんの下を歩いているつもりか」と怖い顔で問いかけてもらいたいのは、どこぞの国の独裁者である。(べっぷ いくろう)

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