盤と駒持ち避難も ウクライナ将棋道場、奪われた日々

侵攻3カ月前の昨年11月に撮影されたウクライナ将棋道場のメンバー。中央下が日本将棋連盟ウクライナ支部長のイーゴル・ストルメッツキーさん(ストルメッツキーさん提供)
侵攻3カ月前の昨年11月に撮影されたウクライナ将棋道場のメンバー。中央下が日本将棋連盟ウクライナ支部長のイーゴル・ストルメッツキーさん(ストルメッツキーさん提供)

ロシア侵攻による戦禍に苦しむウクライナの首都キーウ(キエフ)には、将棋道場がある。立ち上げたイーゴル・ストルメッツキーさん(28)は日本将棋連盟のウクライナ支部長で、日本のタイトル戦さながらの大会を開催するなど将棋の普及に取り組んできたが、その日常はロシアによって破壊された。キーウを脱出し、現在西部の街にいるストルメッツキーさん。爆撃の警報が鳴り渡る日常の中でリモートで産経新聞の取材に応じ、「好きな将棋を指していた穏やかな日々に戻りたい」と話した。

「将棋にまつわる文化を愛している」

キーウでプログラマーとして働いていたストルメッツキーさんはアニメをきっかけに約5年前から日本語を学び、その過程で将棋を知った。「チェスと違い駒が取られても復活する将棋は、終盤になってもどちらが勝つか分からない面白さがある」と魅力にはまり、2018年に「ウクライナ将棋道場」を設立した。

道場の主要メンバーは20人余りで、キーウの図書館で活動していた。20年には日本将棋連盟から海外支部の一つに認定され、ストルメッツキーさんが支部長に就いた。

21年に国内の強豪が戦うタイトル戦「黒猫戦」、女性の「白猫戦」を開催。日本のタイトル戦と同様、和室で行い、和服やスーツを着用しての対局。記録係も配置した。「将棋だけでなく、将棋にまつわる文化を愛している。ウクライナの皆さんにも知ってほしかった」と思いを語る。

将棋盤に向き合う道場の人たち。穏やかな日常があった=昨年5月、キーウ(ストルメッツキーさん提供)
将棋盤に向き合う道場の人たち。穏やかな日常があった=昨年5月、キーウ(ストルメッツキーさん提供)
昨年2月に行われた第1期黒猫戦は日本のタイトル戦と同様に和室で行い、対局者は和服やスーツを着用。今年も2月に予定されていたが、ロシア軍の侵攻で中止となった(ストルメッツキーさん提供)
昨年2月に行われた第1期黒猫戦は日本のタイトル戦と同様に和室で行い、対局者は和服やスーツを着用。今年も2月に予定されていたが、ロシア軍の侵攻で中止となった(ストルメッツキーさん提供)

今年2月26日に「第2期黒猫戦」を行う予定だったが、2日前に露軍がなだれ込んだ。「どんな状態になるのか想像がつかず、恐怖感が強すぎた」。侵攻翌日、キーウを脱出した。

避難した西部の街でボランティアに従事しているが、1日に2~3回は警報が鳴り、「そのたびに不安になる」と吐露する。将棋道場のメンバーの多くは各地に避難して無事だが、攻撃が激しかった東部ハリコフに住む会員もいて、安否が気遣われるという。

キーウを脱出する際、持ち物は最小限の身の回り品だけだったが、プラスチック製の将棋盤と駒、詰め将棋の本は離さなかった。

その本を読んだり、日本の棋士の棋譜を見たりすることで、不条理な戦いと激変した環境にめいる気持ちは安らぐ。それでも「苦しい。早く戦争が終わり、以前の生活に戻りたい」と切実な気持ちを明かした。

「仲間支えたい」広がる支援

ウクライナ将棋道場に対しては、交流していた日本将棋連盟オーストラリア支部の支部長の松本秋馬(しゅうま)さん(37)=シドニー在住=が、平和が戻ってから道場が再開できるよう支援するクラウドファンディング(CF)のサイトを立ち上げた。

松本さんが支部を設立した2019年、海外の愛好家と交流しようと連絡をとったのがストルメッツキーさんだった。「地道に普及している姿が刺激になった」。互いの支部メンバーでオンラインで対戦するなどした。

侵攻前、ストルメッツキーさんからは「緊迫感はあまり感じられなかった」というが、侵攻1週間後に連絡が取れた際、ストルメッツキーさんのやつれた表情に衝撃を受けた。「ほとんど眠れなかったのだろう」と松本さんは振り返った。

支援物資を送ろうにも、届くか分からない。「何かできることは」と尋ねると、ストルメッツキーさんは「この戦争を一人でも多くの人に知ってほしい」と答えたという。

CFの寄付は4月17日までで、2千円から受け付けている。返礼品はオリジナルのしおりなど。松本さんは「精神面でも支えたい」と力を込める。

また、将棋の駒の産地として知られる山形県天童市の商工会議所は、ウクライナの国旗や国花のヒマワリをモチーフにした根付駒の販売を始めた。売上金の一部がウクライナの難民支援に充てられる。

ヒマワリの絵を掘ったホリコシ製の駒(左)と「馬」の字を反転させた中島清吉商店製造の「左馬」の駒。売り上げの一部がウクライナの難民支援に充てられる(天童商工会議所提供)
ヒマワリの絵を掘ったホリコシ製の駒(左)と「馬」の字を反転させた中島清吉商店製造の「左馬」の駒。売り上げの一部がウクライナの難民支援に充てられる(天童商工会議所提供)

市内の製造業者「ホリコシ」と「中島清吉商店」が協力。ホリコシはヒマワリに「平和」の文字を、中島清吉商店は「馬」の文字を左右逆にした縁起物「左馬」をデザインした。

両社のホームページなどで5月末まで受注販売。1個1100円(税込み)で、うち200円を国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を通じてウクライナに寄付する。

ホリコシの社長、後藤毅さん(45)によるとツイッター上に投稿されたウクライナ将棋道場の写真に、自社の駒が写っていたという。「うちの駒が使われ、世界はつながっていると感じた。何かできないか、と考えていた」と話した。(中島高幸)

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