2人で卓球、露天風呂…許十段、〝兄貴〟余八段に勝って恩返し

囲碁・大和ハウス杯十段戦。感想戦で対局を振り返る許家元十段(左)。右は余正麒八段=7日午後、長野県大町市の「ANAホリデイ・インリゾート信濃大町くろよん」(酒巻俊介撮影)
囲碁・大和ハウス杯十段戦。感想戦で対局を振り返る許家元十段(左)。右は余正麒八段=7日午後、長野県大町市の「ANAホリデイ・インリゾート信濃大町くろよん」(酒巻俊介撮影)

7日に決着した囲碁の「大和ハウス杯 第60期十段戦五番勝負」。台湾出身者が七大タイトルを争う4度目のシリーズは、勢いにのる許家元(きょかげん)十段(24)が3連勝のストレートで初防衛を果たした。

平成23年本因坊戦と25年王座戦の王銘琬(おう・めいえん)九段-張栩(ちょう・う)九段や、26年十段戦の王立誠(おう・りっせい)九段-張九段のように20歳前後離れた対決ではなく、26歳の余正麒八段とは2歳差だ。

許十段が大阪で対局がある際は、関西棋院所属の余八段の自宅に泊まったり、その逆もあったほど仲がいい。まだ挑戦者に決まっていなかった昨年末には、もう1人の台湾出身棋士を加えた3人で旅行にも出かけた。昨春の十段就位後には、高級時計が好きな余八段から「立場にふさわしいものを身に着けたほうがいいよ」と助言され、値の張る時計も購入した。今回の五番勝負中は、宿舎内で2人で卓球に興じたり、露天風呂で語り合ったりもした。

ただ対局になると、態度は一変。ともに目を合わせることはなく、盤上に覆いかぶさるように読みに没頭するため、両者の頭がぶつかりそうになる場面もしばしばだった。

余八段はあこがれの存在だった。15歳で許十段がプロ入りした平成25年、5年目の余八段はすでに若手トップクラスの実力で、同年夏には18歳2カ月の最年少(当時)で8人による本因坊戦リーグ入りを果たしている。「インターネット対局を申し込んだけど、対戦してもらえなかった。自分の名前など知るはずもないし…」と許十段は振り返る。

ただ、若手対象の非公式戦で優勝したこともあって許十段はその年末、余八段や一力遼棋聖らと一緒に韓国での交流戦に派遣された。その旅で話すきっかけがあり、親交を深めたという。

奪取こそないが、七大タイトル戦に先に挑戦した先輩の余八段からは、多くのことを学んだ。序盤から考慮時間を使う長考派の許十段は、戦闘的でありながらバランスもとれた余八段の打ち方を取り入れた。「弟みたいな存在で、タイトル戦で当たるのは不思議な感じ」と話していた余八段に〝恩返し〟する勝利だった。

開幕前、許十段は「勢いがある人が挑戦してくるので、防衛は難しい」と話していた。平成30年の碁聖戦で、2度目の七冠独占状態だった井山裕太現四冠を、勢いがあった許十段は3連勝のストレートで下し、その一角を崩した。しかし翌年は防衛に失敗。本因坊10連覇中の井山が初めにその地位に就いた平成24年以降、七大タイトル戦で井山以外で防衛に成功したのは芝野虎丸九段(令和元、2年の王座戦)のみ。無双状態の井山四冠が、いかに安定した良績を残しているかの証左だ。

昨年、日本棋院所属棋士で2位の勝利数45勝をあげた許十段も、安定した実力に公式戦15連勝の勢いを加え、初防衛につなげた。3月には一力が棋聖を奪取。令和の囲碁界を牽引(けんいん)することが期待される両雄が、七大タイトルを保持する初めての状態になっている。許十段はさらなる高みを目指す。(伊藤洋一)

会員限定記事会員サービス詳細