朝晴れエッセー

おかんの卒業式・4月6日

息子、高3の夏。

「僕、東京の大学へ行ってもいい?」

「え? なんで東京なんよ。関西にもええ大学いっぱいあるのに」

「寂しいから行くな」。素直にそう言えたら、どんなに楽だったろう。

結局、息子は翌年の春、東京の大学に進学する。庭の桜が咲く前に彼は一人で旅立った。駅の改札口で涙をこらえて見送る私の方など振り向きもせず。

ま、いいか。入学式には私も行く。

東京の街は刺激的で毎日が楽しく、まるで竜宮城にいるようだった。

狭いアパートに口うるさいおかんの連泊。ついに息子が言った。

「お客さん、そろそろチェックアウトのお時間ですよ」。ようやく自分の無神経さに気付き、そそくさと荷物をまとめた。

その夜、川崎市に住む友人が訪ねてきてくれた。若者でにぎわう居酒屋で乾杯したあと、彼女は静かに諭すように言った。

「哲ちゃんの入学おめでとう。そして百合ちゃん、今日はあなたの卒業式です。18年間、子育てお疲れさまでした。明日からは親子別々の道を歩いていくのよ」

わかってる。わかっているけど涙が出てくる。大切に温めていた卵を持っていかれる母鳥の気持ちが痛いほどわかる。

「家庭はね、港なの。疲れた家族が帰ってきて、元気をもらってまた旅に出ていく港」。三十年来の親友の言葉には恐ろしいほど説得力があった。そうだね。どこにいても家族なんだ。心がつながっていれば。よし! あした帰ろう。

あれから18年。息子は2児の父親になった。


蕨野百合子(66) 和歌山県海南市

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