100歳時代プロジェクト

50歳で一念発起 女優・竹原芳子さん

「遅咲きだが、自分探しの旅を続けてきた」と語る竹原芳子さん=東京都内
「遅咲きだが、自分探しの旅を続けてきた」と語る竹原芳子さん=東京都内

低予算ながら大ヒットして社会現象となった映画「カメラを止めるな!」(平成29年製作)に57歳で出演後、一躍売れっ子となった女優の竹原芳子(旧芸名・どんぐり)さん(62)。50歳で吉本総合芸能学院(NSC)に入るまでは証券会社の営業や裁判所で事務員をするなど、芸能界とは縁のない生活をしていた。「100歳まで元気で自分らしく生きるのが目標」と語る竹原さんに、50歳で一念発起した理由や健康法などのアドバイスをもらった。

第2の人生

1月末に初の著書「還暦のシンデレラガール」(サンマーク出版)を刊行した竹原さん。そこには若いころから「本当にやりたいことは何か」を模索し続けた姿が描かれている。

短大卒業後から30代まで勤務した証券会社では営業成績も優秀、40歳からは裁判所の事務官(臨時的任用)として働き、同僚ともランチや飲みに行くなど、充実した時間を過ごしていた。

だが、「これらの仕事は定年を迎えれば終わるもの。職人さんのように〝自分ならでは〟というものを身につけ、それで自活している、というものがほしかった」と振り返る。

そこには、好きなことで適性もある、ということも含まれるという。その考えから、勤務後や休日にはカルチャーセンターでさまざまな講座を受けて、自分に合ったものを探し続けた。

転機は50歳のとき。かつて見たテレビドラマで、織田信長役の俳優が本能寺での最期(さいご)のシーンで「人の世の50年は天界の時間に比べればはかないもの、といった趣旨の言葉を吟じながら舞っていたことを思い出した」。

現代人の寿命が延びるなか「信長なら亡くなっている年だから、自分にとっての残りの数十年を第二の人生と位置づけ、やりたいことをやろう」と決心した。

一本歯のげた愛用

そこで裁判所を辞め、吉本興業のタレント養成学校NSCに入所。「20代前半のとき、NSCが設立されたニュースを見てあこがれていた」というが、同期はほとんどが10~20代。50代にとっては体力的にきつい部分もあったが、ダンスの授業で苦労したときなど「同期の男の子が『僕の後ろに立って、同じようにやったらいいから』といってくれるなど、みんな助けてくれた」。

ちなみに同期にはコロコロチキチキペッパーズがおり、2年前、民放のドライブ旅の番組で共演できてうれしかったという。

当時は貯金を切り崩しながらの生活だったが、周囲の助けなどから「飛び込んでしまえば何とかなるもの」と笑う。そして、「人それぞれなので強制するつもりはない」としたうえで、「年齢や人の目を気にせず自分の心に正直に、やりたいことをやるといいのでは」とアドバイスする。

また、何かにチャレンジする際、否定的なことをいわれると踏み出せなくなるので「どんなときでも『大丈夫』といってくれる人を見つけることをすすめたい」とも。

NSC卒業後は55歳で俳優養成プロジェクトの講座を受講、舞台などの経験の後、57歳で偶然知った劇場公開映画のワークショップのオーディションを受け初出演、それが「カメラを止めるな!」だった。

健康のため現在、心がけていることを聞くと、まず第一にエレベーターやエスカレーターを使わず階段を上り下りすることを挙げた。加えて「家で過ごす際、一本歯のげたをはいている」と教えてくれた。平昌五輪のスピードスケート女子金メダリストの小平奈緒選手が下半身強化で使ったことでも知られ、バランス感覚が養われるという。

今後については「バラエティー番組などにも出させてもらい、そのつど新たな自分が形成されていくのが分かり楽しみ」と語り、「遅咲きなので、100歳まで充実した人生を送りたい」と結んだ。(山本雅人)

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