小林繁伝

一目散にベンチ奥へ 虎ファンから逃げろ 虎番疾風録其の四(22)

宿舎に帰ってから胴上げされる巨人の川上哲治監督=1973年10月22日、兵庫・芦屋市の竹園旅館
宿舎に帰ってから胴上げされる巨人の川上哲治監督=1973年10月22日、兵庫・芦屋市の竹園旅館

ルーキー小林にとって初めての優勝は「信じられない光景」の連続だったという。昭和48年10月22日、兵庫県芦屋市の選手宿舎「竹園旅館」を出発する際、マネジャーからこんな通達が出された。

「勝っても球場では胴上げはしない。1秒でも早く宿舎へ帰るんだ」

1秒でも早くとは大げさな―と多くの選手たちは思った。だが、それは事実だった。試合終了と同時に約3000人のファンがグラウンドになだれ込んだ。左翼ラッキーゾーンにいた小林たちには「頭の上からファンが降ってくる」ように思えたという。

暴徒と化した阪神ファンが目指したのは巨人ベンチ。守っていた野手たちは一目散にベンチ奥へと駆け込んだ。

「走れ! 早く!」とベンチ前で声を張り上げ、選手たちが全員戻ってくるのを待っていた牧野ヘッドコーチと王が逃げ遅れて虎ファンに捕まった。幸い1、2発殴られただけでケガはなかった。

「竹園旅館」に帰り着いた巨人ナインは2階大広間に集まった。「いこうぜ!」という王の掛け声で川上監督の胴上げが始まった。体重87キロ、バンザイをした川上監督の巨体が天井に届きそう。7度宙を舞った。その歓喜の輪の中に小林も入った。

48年の巨人は決して強くなかった。4、5月は負け越し。オールスター直前の成績は借金「3」の4位。エース堀内は5月に2軍落ち。高田は開幕から20打席ヒットが出ない。長嶋、土井、黒江たちもじりじりと打率を下げた。

「三冠王」(打率3割5分5厘、51本塁打、114打点)に輝いた王も序盤、55打席ホームランが出なかった。ライバルの田淵に9本差をつけられたときには、王はまるで新人選手のように毎日、球場に一番乗りして真昼の特打ちを行ったという。

祝勝会の会場で柴田が嬉しそうに胸を張った。

「息子が大きくなったら、きょうの一戦を詳しく話してやるんだ。そして、パパはその試合で3番を打ったんだぞ―と自慢してやるんだ」

この日の朝、「次男誕生」の知らせが入っていたのである。

巨人のV9は「伝統の勝利」といわれた。こうして小林のプロ1年目のシーズンが終わった。(敬称略)

■小林繁伝23

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