京丹後の廃虚タワー 再生案・スケボーパークに早くも暗雲

廃虚となっている丹後王国タワー=京丹後市弥栄町
廃虚となっている丹後王国タワー=京丹後市弥栄町

京都府京丹後市が管理する「丹後王国タワー」。平成10年の建設直後は観光の目玉として期待されたが、16年の台風23号で被災した後は放置状態となり、今や〝廃虚〟と化した。昨年の東京五輪を機に高まったスケートボード人気を受け、市は撤去後の跡地をスケートボードパークとして整備する予算案を先月の市議会定例会に提案した。新たなトレンドスポットへ生まれ変われるか。タワーの数奇な運命を追った。

タワーは旧弥栄(やさか)町(現・京丹後市)が「日本海を一望できる」との触れ込みで、現在の道の駅「丹後王国 食のみやこ」の敷地に建てた。高さ30・2メートルで4階建て。2階から4階の展望フロアまでガラス張りで内部のらせん階段から景色を楽しめる構造だった。

しかし道の駅で飲食店を営む小林邦夫さん(63)は「海は、はるかかなたにかすかに確認できる程度だった」と振り返る。オープン直後に家族でタワーを訪れた男性も「海はほんの少しだけ見えた記憶が残っている」。小林さんによると、オープン当初は長い行列ができたが、その後は来訪者が目に見えて減ったという。

タワーは無料だったが、「食のみやこ」の前身となる「丹後あじわいの郷」は入場料(大人500円)が必要だった。当時を知る別の関係者は「地元住民には無料の入場パスポートが配られていたと思うが、それでもタワーは人気がなかった」と振り返る。

16年4月に旧弥栄町を含む6町が合併して京丹後市が誕生し、タワーを管理することに。

同年10月に台風23号が日本列島を直撃した際は国内で死者・行方不明者98人、負傷者552人と大きな被害をもたらした。京都府内では京丹後市のほか、舞鶴市や宮津市など北部で河川の増水や土砂崩れによる被害が相次ぎ、死者15人、床上・床下浸水約7300棟の大きな被害となった。

タワーもガラス窓が破損するなどしたが、復旧は図られなかった。京丹後市の担当者は「災害対応や学校などの施設修繕を最優先にし、タワーは後回しになった」と話す。その後は放置状態になり、さらに倒壊の危険から立ち入り禁止になったことで、マニアの間では廃虚として認知されるようになった。

平成30年、ようやく市はタワーを解体・撤去する工事の実施設計を進めたが、同年7月の西日本豪雨対応など財源確保の観点から、次年度の予算措置までには至らなかった。

令和3年9月に市は解体・撤去後の跡地測量を実施。跡地が約730平方メートルになることが判明し、有効活用策を検討することになった。市の担当者は「オートキャンプ場として整備する案も有力だったが、そのためには敷地が狭いという問題があった」と話す。

転機は昨年の東京五輪。スケートボード日本代表選手のメダル獲得を受け、地元の高校生グループなど3団体が市内に「スケートボードパークを作ってほしい」と要望した。市は令和4年度にタワーの解体・撤去工事や整備基本設計・実施計画を策定し、6年度の開業を目指すとして、今年の市議会3月定例会に予算案などを提案した。

スケートボードパークのイメージ図(京丹後市提供)
スケートボードパークのイメージ図(京丹後市提供)

ところが3月29日、市議会は「関係団体などとの事前調整が不十分」として付帯決議を採択し、〝物言い〟をつけた。

市議会側は付帯決議で、タワーの解体・撤去と跡地整備を同時に行うことで合併特例債を活用できることには理解を示した。一方、跡地整備については①スケートボード施設ありきではなく、ゼロベースで検討すること②関係団体などと十分な協議を行うこと-を求め、解体・撤去工事に関連した約1億4千万円の令和4年度予算を可決した。

事実上白紙に戻ってしまった跡地整備計画。数奇な運命をたどったタワーの終着点はまだ見えない。(香西広豊)

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