一筆両断

熊本・百年の計~都市デザインの真髄~

松岡恭子氏
松岡恭子氏

熊本市で熊本駅と桜町という二つの街づくりプロジェクトが完成したので見学してきました。案内してくれたのは、熊本大学教授の田中智之さん。早稲田大学を出て熊本大学に赴任して来られた建築家です。30代で着任した直後から関わることになった熊本駅周辺の整備、そして、市民のための広場が生まれた桜町は、どちらも10年を超えるたゆまなき積み重ねの結晶だと大いに感銘を受けました。

都市空間を構成する要素にはさまざまな建築物に加え、道路や高架橋など土木構造物、また河川や公園、そして城跡のような歴史的場所などがあります。従って都市デザインは建築、土木、交通、インフラ、歴史など多岐にわたる分野を横断しつつ、さまざまな関係者と向き合いながら取り組む息の長い仕事になるのです。

今回の二つのプロジェクトはどちらも面的に広く、ある意味対照的な内容でした。熊本駅は繁華街から離れ山と川に挟まれた立地から、「公園のような駅をつくる」がテーマとなりました。東西2つの駅前広場のうち表となる東側には、市民の足である市電(路面電車)が寄り付いています。その電停に道を渡らず広場から直接アクセスできるようになっている珍しいシームレスデザイン。広場から伸びる市電の軌道は緑化され、まさに公園が線形に広がっていくかのようです。雨天でも、広場をぬれずに歩くためのシェルターは、薄い屋根と細い柱群が不思議なカーブを描きながら人々を導きます。交差点を横切る歩道橋は足元の構造物をできるだけコンパクトにし空間全体を分断しないように設計されており、その端部はこの広場に、もう一方は斜め向かいに開発された図書館やホールのある複合施設の低層部に連結。さらに、その先には坪井川と白川の歴史ある護岸や治水施設跡へとつながります。広場から東へと抜ける幹線道路の歩道もデザインを統一、その先に元々あった白川橋も景観に配慮して行政が白く塗り直してくれたそうです。周辺建物も含め、一歩一歩進めた16年のプロセスを経て、広場がハブとなって周囲へとしみだし広がっていく気持ちの良い「景」をつくっていったこと、これこそが都市デザインだと感服しました。

一方、街の中心に完成した「花畑広場」は幅27メートル、長さ230メートルという圧巻のスケールを持つプロムナードを中心とした広場です。かつては交通センターに面したバス通りで、さらに江戸時代に遡(さかのぼ)ると参勤交代の出発地だった広小路だったそうです。整備の末、交通センターは29の乗降バースを持つ日本最大級のバスターミナルとしてサクラマチクマモトという複合施設の1階に集約され、その横に歩行者のための大空間ができました。

こちらのテーマは「熊本城と庭つづき『まちの大広間』」。北側にある熊本城というシンボルへのダイナミックなつながりを目指した都市デザインです。広場には隣接する公園が二つあり、大楠が茂る花畑公園は藩主の屋敷があった歴史的な場所。対して南端にある緩やかに隆起した辛島公園には造形的な面白さがあります。

また、にぎわいあるアーケード街・新市街、そして下通りにも連結していて、イタリア・ミラノのドゥオーモとその前の広場、そしてガレリアの関係も彷彿(ほうふつ)とさせます。サクラマチクマモトには緑化テラスがひな壇のように上へと伸び、NHK熊本放送局など隣接する建物群の建て替えでも広場との接続が重視されています。

広場が親しまれている西洋とは異なり、日本人は広場の使い方に慣れていないとよく言われます。桜町では広場だけでなく周辺に多様な場が接続したたずむ場所がいろいろあり、細やかな仕掛けも隠れているので、多様な使い方が育まれていくことでしょう。都心の空間体験が格段に豊かになったという実感は、これから市民の心の中に大きくなっていくに違いありません。ちょうど5月22日まで開催中のニコライ・バーグマン氏監修の花博の会場になっているので訪れてみてはいかがでしょうか。

これら複雑な内容を持つプロジェクトに、田中さんに加え土木が専門の熊本大学准教授の星野裕司さんも参加し、二人の叡智(えいち)が生かせたことが成功の鍵となりました。どちらのプロジェクトも一旦完成はしましたが、周辺の建て替えなどを取り込みつつ今後も成長していくことでしょう。

いくつもの構造物が時間差で作られていく大規模プロジェクトには、一貫したコンセプトを実現に導きつつ、派生していく周辺の計画に柔軟にそして丁寧に対応する継続的検討テーブルが必要です。どの都市にもお二人のような優れた方がおられるとは限りませんが、百年先まで社会基盤となる大型再開発の素晴らしい例として参考にしていただきたいと思います。

【松岡恭子(まつおか・きょうこ)】 昭和39年福岡市生まれ。福岡県立修猷館高校、九州大学工学部卒。東京都立大学大学院、コロンビア大学大学院修士課程修了。建築家。設計事務所スピングラス・アーキテクツ代表取締役および総合不動産会社、大央の代表取締役社長。NPO法人福岡建築ファウンデーション理事長も務め、建築の面白さを市民に伝えている。一般社団法人都心空間交流デザイン代表理事。One Kyushu ミュージアム総合プロデューサー。

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