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俳優、寺田農 『舞台のかすみが晴れるころ』 「一期一会」を考える

『舞台のかすみが晴れるころ』
『舞台のかすみが晴れるころ』

『舞台のかすみが晴れるころ』有松遼一著(ちいさいミシマ社・2970円)

「こんなイイところで、眠っちゃダメよ」

若い頃、映画監督の相米慎二と東京・水道橋の能楽堂に能を観に行ったことがある。2人ともいつのまにか眠ってしまい、後ろの席のご婦人に肩をたたかれたのだ。

本書は、能楽師であり大学の講師も務める著者がコロナ禍でどんな生活を送り、何を考えたのかをつづったもの。令和2年に新聞に連載されたエッセーも収録している。

能は650年以上の長い歴史がある古典芸能である。著者は東京のごく普通のサラリーマン家庭に育ち、京都大学の学生時代に能と出合い、プロとして演じる側のワキ方になったという経歴を持つ。

「能楽師はシテ方、ワキ方、狂言方、囃子(はやし)方、それぞれ専門に分かれていて、ワキ方は装束を着け直面(ひためん=素顔)で一曲のはじめに登場し、場面設定をして、主役であるシテの相手をつとめる」

ワキというのは、他の芸能の「脇役」とはまったく違うもので、ワキが将来シテになることはない。

能は一日一回、そのときだけ。連続で公演されることはない。「一期一会」なのだ。

著者は、多くの公演が中止になったコロナ禍で、オンラインでの配信公演を試みる。観世流シテ方の林宗一郎、花士(はなのふ)の珠寳(しゅほう)の2人を迎え、鼎談(ていだん)と立花(たてはな=生け花)、素謡(すうたい)の能という構成。

能と立花という室町時代に由来する芸能同士が、昭和初期の日本建築の座敷で令和の現代に融合する。世界は違っても、それまでの稽古の積み重ねが本番の一瞬、無心となるのは同じだという。

配信後、多くの称賛の声にも著者は、「それがなまものとイコールであると思うのは、何かを見誤る一歩のような気がする」と。

ナマと配信では「一期一会」もまた違うのだろう。


『マンガでわかる能・狂言』マンガでわかる能・狂言編集部編、スペースオフィスイラスト、小田幸子監修(誠文堂新光社・1760円)

『マンガでわかる能・狂言』
『マンガでわかる能・狂言』

能・狂言好きの美大出身女子2人によるマンガと解説からなる入門書。「そもそも能・狂言って何?」からはじまり、丁寧なQ&Aでわかりやすい。マンガというよりも細密なイラストが素晴らしい。能・狂言の楽しみ方、初心者向きの短めな演目など、あらすじから見どころまで多数紹介。なぜ眠くなるのかもちゃんと解明される。

<てらだ・みのり>昭和17年、東京都生まれ。映画、ドラマなど多数出演。元東海大学文芸創作学科教授。現在、板橋区立美術館運営協議会会長。

俳優、寺田農さん
俳優、寺田農さん

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