ウクライナ国歌に込められた歴史と覚悟

ウクライナ国歌は侵略に苦しんできた民族の悲哀と自由への渇望、抵抗する勇気の尊さを伝えている。ウクライナ文学などに精通する東京外国語大の中澤英彦名誉教授によると、国歌の原形は、ロシア帝国(1721~1917年)支配下の1860年代に誕生。帝国崩壊後に短期間存在したウクライナ民族国家の国歌に採用されたが、ソ連時代(1922~1991年)には影を潜め、ソ連崩壊後の1992年に国歌として復活した。

《我らがコサックの氏族であることを示そう》

最後の歌詞には、壮絶な民族の覚悟が込められている。コサックは中世ウクライナの自治を守る戦士。中澤氏は「義のためにはいかなる困難も恐れず、身も心もささげるというコサックの心性は日本の武士道にも通じる」と話す。

東部や南部で露軍の攻撃が続く中、命の危険にさらされながらも故郷を守ろうと現地にとどまる市民は多い。中澤氏は「大陸の領土観は電車の席にたとえられる。席を立ったら次に来た人のものになる」といい、「ここで戦わなければ、350年にわたってロシアにこき使われてきた時代に戻ってしまうという恐怖がある」と指摘する。

一方、ウクライナには約20万曲の民謡があるとされ、その数は世界一。花鳥風月を愛でる気持ちも強いという。「日本の古典を訳した本もよく売れる。相手を慮(おもんぱか)るきめ細かな感性は、日本人とよく似ている」(川西健士郎)

■「ウクライナは滅びず」 同胞の心伝える歌声

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