ロシアによるウクライナ南部クリミア半島併合と東部ドンバス地域で起きた紛争があった2014年を境に、ウクライナ国民の意識は西へ向いた。東部はロシア語を話す人やモスクワ総主教が管轄する正教会の信者も多い地域だが、愛着を持ってきたロシアに襲われ、多数の犠牲者と難民が出た衝撃は大きかった。
私が大使を務めた14年から19年の間、ウクライナは欧州連合(EU)との経済連携を進め、対露貿易は減少していった。経済的な結びつきが薄れると、国民の反露感情は政治にも反映され、19年の大統領選では親露派候補への支持が大幅に減った。
しかし、プーチン露大統領は「ウクライナはロシアの一部であるべきだ」との誤った信念からウクライナの変化に目を向けなかった。親露派地域はロシアを歓迎するという先入観を持ち侵攻したが、ウクライナ国民は愛国心を高め、ロシアに屈する様子はない。戦争が1カ月以上続くが、今も知人たちは「ウクライナは必ず勝つ」と口をそろえている。
停戦交渉は、ロシアによるクリミア併合とドンバス地域の自称「共和国」をめぐる協議が最大のネックになるだろう。ウクライナは国を守るため軍も市民も命を懸けて戦っているのだから、侵攻された領土を譲ることはありえない。
一方で、露国防省が作戦を「東部に集中する」と発表したのは、軍内部で何か変化が起きている兆候だろう。露軍は兵士の士気が低く、将校の死が相次いでいるという。厭戦(えんせん)気分が広がれば、3、4カ月以上は戦争を続けられないだろう。
14年の侵攻以降、ロシアは主要8カ国(G8)から除外され、G7はウクライナ問題に協調して対処してきた。当時、日本はアジアで唯一ロシアに制裁を科し、ウクライナ情勢がロシアと西欧だけでなく国際社会の問題だと示した意義は大きい。
15年の独エルマウサミットではキエフのG7大使が支援グループを作ることを宣言し、16年の伊勢志摩サミットでは、ウクライナの主権と領土の一体性、独立を尊重した解決を求めるとともに、ロシアによるクリミア半島併合の不承認を再確認した。
今回の侵攻を受けて、ゼレンスキー大統領がオンライン演説で日本に求めたことのひとつが復興支援だ。将来ロシアの介入を防ぐためにも、日本がイニシアチブをとって戦後復興プランを進めてほしい。(聞き手 石川有紀)