「複眼で見る比較文化史的アプローチ大事」 正論大賞 平川祐弘氏講演要旨

第37回正論大賞の受賞記念講演をする平川祐弘氏=3月31日午後、東京都千代田区の日本プレスセンター(植村光貴撮影)
第37回正論大賞の受賞記念講演をする平川祐弘氏=3月31日午後、東京都千代田区の日本プレスセンター(植村光貴撮影)

第37回正論大賞(フジサンケイグループ主催)を受賞した平川祐弘・東京大学名誉教授の受賞記念東京講演会の講演要旨は以下の通り。

私はこれまで日本語だけでなく英語、仏語でも著作活動を展開してきた。複数の国、文化、言語に通じたバランス感覚のある、複眼で見る比較文化史的アプローチが大事なのではないかと考えている。

ラフカディオ・ハーン(1850~1904年)を調べると、日本と米英では評価が甚だ異なることがわかる。わが国で小泉八雲として名声が高いハーンだが、米英では日本に帰化した作家への軽蔑は前からあり、日米戦争とともにその評価はさらに下がった。

問題視されたのはハーンの宗教観で、在日米英人は宣教師はじめ、キリスト教の偉大さを唱える中で、ハーンは神道を良しとし、出雲の宗教風俗を美しく描いた。当時の西洋人の神道理解はひどいものであり、伊勢神宮は掘っ立て小屋の類と認定された。私は、プロテスタント系西洋と日本の間にみられるこのハーン評価の落差こそ、比較研究の好対象と捉えた。

米英側はハーンや神道を蔑視する。そしてその延長線上に、米国占領軍の神道に対する異常な敵視も見えてくる。戦時中、ドイツのナチズムと同じようなものとして日本の神道を裁断し、宣伝した米軍は戦後の神道指令で神社神道を「国家神道」と呼び直し、諸悪の根源のごとくにみなした。

だが情けないことに半可通の人の手になる米国占領軍の神道解釈を、歴史判断の基準のごとく扱う学者が次々と日本に出た。宮沢(俊義の)憲法学もその一つだが、はたして当を得た歴史記述といえるだろうか。宣教師的偏見(missionary prejudice)の名残は戦後日本に固着したかに見える。

比較文化史的な複眼アプローチは政治家の歴史認識にも、国際関係の分析にも有効な、欠くべからざる知的訓練であろう。

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