私はこうみる 侵攻の背後に中露の「確執」 中国研究所・田中哲二会長

中国研究所の田中哲二会長
中国研究所の田中哲二会長

ロシアのウクライナ侵攻を語る上で、中国とウクライナの関係を押さえる必要がある。ロシアにとっては北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大阻止や親露政権の樹立だけが目的なのではない。プーチン露大統領には、中国の習近平政権と親しいウクライナの政権を排除する隠されたもくろみがある。

中国と欧州をモスクワ経由で結ぶ国際貨物列車「中欧班列」の運行に露側が全面協力するなど、中露は表向き〝蜜月〟を演出するが、歴史的、地政学的にも真の友好関係に至らない緊張関係が存続しているのだ。

ウクライナは、中露双方にとって極めて重要な場所だ。ロシアにとってはユーラシア主義推進の最西端の橋頭保(きょうとうほ)であり、少なくともNATO勢力に対するロシア寄りの緩衝地帯であることを期待している。一方、中国は巨大経済圏構想「一帯一路」でアフガニスタン、イラン、東欧を経て西欧につながる陸のシルクロードを完成させたい。ウクライナはその最重要の要衝であり、中国は想定通りに進んでいない一帯一路を成功させる鍵だとみて、執拗(しつよう)にウクライナ政府に接近してきた。

中国は1990年代以降、ウクライナから、後に中国初の空母「遼寧」となる廃艦空母「ワリヤーグ」を購入。習政権ではミサイル関連技術の融通などを行い、2013年には核問題の協力を含む協定も結んだほか、東ウクライナでの300万ヘクタールに及ぶ穀物生産農地の長期租借計画や、それらを中国に輸出する「新深港」の掘削工事もスタートさせていた。

この港は、クリミア半島のロシア黒海艦隊の母港「セバストポリ軍港」の北側に位置し、将来的には穀物輸送船団を護送する中国海軍が通過する可能性も想定される。14年、プーチン氏がクリミア併合を急いだのは、対NATOに加え、中国の一連の動きを阻止するためだったのがほぼ定説だ。この結果、中国のウクライナでの計画の大半が停止したとも言われていた。

一方、ロシアにとってウクライナは同じスラブ民族の兄弟国家だ。東ウクライナはロマノフ朝時代からロシア領であり、ウクライナは「広大なロシア的空間の前庭」との意識が強い。プーチン氏が侵攻の理由に「ロシア人保護」を挙げるように、ウクライナ問題は「ロシア圏の内政問題」との潜在的な認識があることは明白だ。

〝弟分〟のウクライナで影響力を強める中国を、プーチン氏はクリミア併合後も強く警戒してきた。今回の侵攻後にウクライナを脱出した中国人が7000人弱いたと報じられたが、ゼレンスキー政権下で一帯一路計画が一定程度、復活していたことの証左とみられる。プーチン氏は侵攻を通じ、「中国と親しい政権は痛い目に遭う」ことを見せつける必要があった。これは露軍が強行的に首都キエフを包囲しようとした要因となった。

中露は互いに譲れないウクライナをめぐり、静かな攻防を続けてきた。習政権は同国での一帯一路の展開を条件にプーチン政権を擁護し、表面上は仲良くしてきた面がある。侵攻に明確に「反対」を表明しないのはそうした事情もある。加えて、中国はロシアに親米政権が生まれる事態は絶対に避けたいと考えている。米と中露の絶妙な三角形の力関係が変われば、すでに経済問題などで大きな圧力を受けている対米関係で、中国がより不利な立場に置かれる恐れがあるためだ。

ただ、ロシア側の現状は芳しくない。西側から武器支援などを得たウクライナ軍と市民の頑強な抵抗にあい、想定外の長期戦を強いられている。露政府は国際決済ネットワークからの排除などは覚悟していたが、中央銀行の資産凍結などの強い経済制裁は予想外だったようだ。

また、侵攻を支える武器になるはずだった「天然ガス・石油カード」は、「エネルギー脱ロシア」論の高まりを受け、外交交渉上の神通力を失いつつある。米国のシェール・オイルの大幅増産計画やドイツの「ノルドストリーム2」凍結など、西側の結束の高まりとそのスピード感は露にとって大きな誤算だった。

露国内でも物価高騰などで市民の不満がたまり、プーチン氏に近い新興財閥オリガルヒの一部も「戦争反対」を表明。国際機関担当の大統領顧問も離反した。反戦ムードが国内外で高まり、プーチン政権は孤立化の道を歩んでいるが、追い込まれて核による脅しや生物・化学兵器の使用も懸念される。末期の独裁者は忖度(そんたく)された情報だけに依拠した行動に陥りやすいが、「裸の王様」の末路はそう長くはない。

将来的に親米政権を生みかねない民主革命のような形でのプーチン政権崩壊だけは防ぎたい中国は、まだ慎重に出方を見極めている。今後は停戦協議がウクライナのNATO非加盟や中立化を軸に進むだろうが、露側は停戦後も国境に軍を配備させるなどの圧力をかけ続けるはずだ。ここで、両国と対話可能な中国の仲介者としての動きが注目される。今後の国際社会のリーダーの一角になり得るか否かが試されることにもなる。

ロシアにとって、西側が不買運動をする天然ガスなどを買ってくれる中国だけが頼りだ。ウクライナを要衝として一帯一路を成功させたい中国は、ロシアの窮状を逆手に自国に優位に運ぶよう交渉に関与する可能性が高い。世界は後戻りできない「新冷戦」の混乱に入ったとの声もあるが、中国の出方次第で世界の行く末が変わる可能性も残されている。(聞き手 桑村朋)

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