園長は獣医さん

キリンの首から難なく採血する妙手

キリンの採血トレーニング(天王寺動物園提供)
キリンの採血トレーニング(天王寺動物園提供)

季節は春ですが、冬に逆戻りのような寒さもやってきて桜のつぼみもその膨らみを止めているようにみえます。

1960年代以降、英国から「動物福祉(アニマルウェルフェア)」という考え方が広がってきました。この概念に基づき、各動物園では、動物のQOL(生活の質)向上につながる取り組みが行われています。その一つとして「環境エンリッチメント」があります。動物にさまざまな選択肢を提供し、行動のレパートリーを増やす試みです。

例えば、ゾウは活動時間の8割を、エサを探す行動にあてているといわれています。その習性を引き出すため、エサを隠して「探索」してもらいます。エサの一部を壁にあけた複数の穴の中に隠したり、砂の中に埋めたりすることで、時間をかけてエサを鼻で探す行動を引き出すことができます。

また、マレーグマでは漁業用のブイの中にエサを入れておき、工夫しないとエサが取れないようにする、といった知恵を使って楽しむ要素を取り入れたエンリッチメントもあります。動物たちはエサを探すことによって行動範囲が広がり、ストレスの解消も期待できます。

動物の健康管理として、検温や採血などをするときに「自発的」に協力してもらう状況をつくることも動物福祉の一つです。「ハズバンダリトレーニング」と呼ばれています。

こうした簡易な医療行為は、健康の維持に最低限必要なことですが、動物たちにとって決して楽しいことではありません。そのため、自ら協力してもらうようトレーニングします。具体的には、動物の応用行動分析学に基づき、好みのエサなどを使いながらトレーニングします。

キリンでは、まずエサを使い、首を下げさせるようにし、下げたら飼育員がホイッスルを吹き、エサを与える。これを日々繰り返し、継続して首を下げる行動を形成します。その後、首の採血部位を触り、段階的に針に慣れさせ、首を触られることに抵抗がなくなってきたら注射針を刺して採血します。

クマ類の中で最大級のホッキョクグマでも、トレーニングは有効です。好物の肝油を与えて、檻(おり)の隙間から前肢を出して棒を握ってもらうことから始めます。最後には前肢の指の間から問題なく採血できるようになります。

かつて動物を調教する際に、叱責したり、たたいたりすることがありました。これらの方法は特定の飼育員にしか有効でないほか、何よりも動物福祉に反する点が問題です。そこでハズバンダリトレーニングが生まれてきたのです。

世界動物園水族館協会(WAZA)は、加盟園館に対し、2023年までに動物福祉の基準が守られているか審査を行うことになっています。天王寺動物園も動物福祉の向上を目指し、努力を続けています。(天王寺動物園園長、理事 獣医師 向井猛)

むかい・たけし 神奈川県藤沢市出身。北海道大大学院獣医学研究科修士課程修了後、札幌市の円山動物園で獣医や職員として勤務した。昨年4月から天王寺動物園園長。漫画『動物のお医者さん』に「M山動物園の向田獣医」として登場した。


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