過酷な北極圏の海底に“化石”を食べる生物、その知られざる生態

海嶺の生態系の土台となっているのは、針状体からなる高密度なマットである。針状体はシリカの微細な構造体で、海綿体の骨格を形成している。このマットの複雑な3次元構造はエビなどの動物のすみかになっているが、同時にそこから海綿動物が海中の闇のなかで何をしていたかがわかる。海綿動物が餌を求めて動くと、マットに痕跡が残るのだ。

その餌とは、古代のチューブワームのチューブが化石化したもので、これはタンパク質とキチン(甲殻類が殻をつくる成分と同じ)でできている。海綿動物がチューブワームを食べていることがわかったのは、遠隔操作の無人探査機でサンプルを採取し、海綿動物とチューブワームの両方で同じ化学的な特徴を見つけたからだ。

また海綿動物の内部を観察したところ、固い物質の消化に役立つ共生細菌も見つかった。「どんな生物も消化できない有機物ですが、海綿生物のバイオマスから高濃度で見つかったのです」と極地海洋研究ヘルムホルツセンターのビュティウスは説明する。「これは過去に死んでしまった古代の生物群集のバイオマスをリサイクルして生存に活用している生物群集であると言えるでしょう」

共生生物の共同作業

海綿動物が食べているものは化石だけではない。同じ細菌の群集は、海綿動物が水中から餌をとる助けになっている可能性があるという。「海綿動物のなかにいる共生生物は、海中の固体の有機物を利用できると同時に、海中の溶存無機炭素も利用できることがわかりました」と、マックス・プランク海洋微生物学研究所のモルガンティは説明する。「つまり、海綿と共生生物の共同作業なのです」

これは栄養豊富な海の海綿動物が水を吸い込み、食物を濾過して食べる方法に近い。しかし、北極圏の中央では海中に食べ物がほとんどないので、この巨大な海綿動物は細菌をもう一歩進化させ、化石化したチューブワームを食べられるようになったわけだ。

海嶺に住む生き物の動きはゆっくりであり、これも海綿動物にとって有利にはたらく。「海綿動物の代謝はそもそも非常に低いのですが、非常に大きな個体はさらに代謝が低くなります」と、モルガンティは説明する。また、北極のような冷たい海水のなかではさらに代謝は落ちる。その結果、海綿動物が必要とする食料は少なく済み、チューブワーブの残骸だけであと何千年も生きられるかもしれないということだ。

「今回の発見は、多細胞生物で進化した最初期の生物である海綿動物は過剰な適応能力をもつこと、それから深海では何も無駄にならないことを示していると思います」と、英国南極研究所の生物学者フー・グリフィスは言う。

グリフィスはこの研究には参加していないが、南極の0.5マイル(約800m)に及ぶ氷の下に奇妙な生物を発見したことを21年に発表している。「これらの海綿動物とそれらと共生する細菌は、海綿動物がこの場所にやって来る何千年も前、まだ熱水噴出孔が活動していたころにいた、熱水噴出孔の周りに住むチューブワームが残した栄養を再利用しています」

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