「人生自分で変えられる」異色経歴の学部長、ピアノで卒業生祝福

滋賀大データサイエンス学部の卒業式でピアノ演奏を披露する竹村彰通学部長(右)=25日、滋賀県彦根市
滋賀大データサイエンス学部の卒業式でピアノ演奏を披露する竹村彰通学部長(右)=25日、滋賀県彦根市

滋賀大データサイエンス学部(滋賀県彦根市)で25日に行われた卒業式で、統計学の第一人者である竹村彰通(あきみち)学部長(69)がピアノを演奏し、卒業生の門出に花を添えた。かつてピアニストを志し、東京芸術大に進学するも途中で東京大に入り直した異色の経歴の持ち主。夢をあきらめた過去があるからこそ伝えられるメッセージを込めて、鍵盤に指を走らせた。

大正時代に建てられた講堂でグランドピアノに向かった竹村さんが、学生たちのために選んだ曲は、若い頃から大好きで弾きなれたショパンの「幻想即興曲」。約5分間の演奏中、会場は流麗な旋律に包まれ、竹村さんが鍵盤から指を離すと大きな拍手が沸き起こった。

竹村彰通学部長(滋賀大提供)
竹村彰通学部長(滋賀大提供)

幼少期に母親の影響でピアノを始めた。小学6年生で出場した全国コンクールでの入賞をきっかけに、本格的にプロを目指して練習に打ち込むようになった。努力の甲斐あって音楽の専門教育が受けられる東京芸術大付属音楽高校に合格したが、そこは選ばれた人だけが集うハイレベルな場所。しかも演奏家として生計を立てられるのは、その中でもごく一握りに過ぎない。

トップ層との実力差を痛感しながら、自分はすでに能力の限界に達していると感じ始めた。「一流の演奏家には全然届かないとはっきり分かった」。高校3年生の秋、ピアニストとしての可能性に見切りをつけ、大学受験の参考書を手に取った。

いったんは東京芸大のピアノ専攻に進んだが、心は決まっている。午前中は大学で音楽を学び、午後は予備校に通う日々が始まった。難しい曲を練習して習得する過程と、必要な学力を計画的に身につける受験勉強には共通点も多かった。

大学に通いながら別の大学を目指す1年間の「仮面浪人」を経て、東京大に合格。そこで、ライフワークとなる統計学と出合った。ピアニストの道をあきらめた挫折は「自分の人生の方向性は、自分の考え次第で変えられる」という自信に変わっていった。

東大教授を退官後、平成29年に新設された滋賀大データサイエンス学部長に就任。研究者として多忙な日々に追われ、長らくピアノから離れていたが、3年ほど前からは余裕も生まれ、少しずつ練習を再開させた。

卒業式でのピアノ披露は偶然生まれた。新型コロナウイルス禍で式が学部ごとの分散開催になったことをきっかけに、初代学部長として手塩にかけた1期生が巣立った昨年の卒業式から「はなむけになれば」と引き受けるようになった。

この日の式典中、竹村さんはカイロで指を温め、万全の状態で演奏に臨んだ。「音が気持ちよく響いた。卒業生のいい記念になっていたらうれしい」とやわらかな表情を浮かべた。

人生の大きな方向転換を経験したことで、環境の変化にも柔軟に対応できる自信が生まれたと話す竹村さん。「学生たちにも、自分の人生の方向は自分で決められると感じてもらえたら」と語った。(花輪理徳)

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