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田尾安志(24)最終戦の胴上げは野球人生の「絶頂」

最終戦を終え、ナインに胴上げされる =平成17年9月28日
最終戦を終え、ナインに胴上げされる =平成17年9月28日

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《東北楽天ゴールデンイーグルスの初代監督を務めた平成17年。ゼロからスタートしたチームは開幕2戦目で0―26の大敗を喫するなど、戦力不足を露呈した。田尾さんが指摘していた通り、38勝97敗1分けで、大差の最下位に終わった》

でも振りかえると、自分には最高の年でした。野球人として一番充実した1年でしたから。監督にお誘いいただき、本当によかったと思っています。勝てなかったですけど、選手はやる気をなくしませんでした。力がなかっただけ。力がなければ勝てない世界なので、それは仕方ない。でも自分なりに、こういうチームをつくりたいという方向だけは間違えないようにしました。「オーナーの三木谷(浩史)さんに言われても、正しいと思うことしかしません」と最初に宣告したんです。言いなりになる監督がよければ、早くクビにした方がいいですよと話していました。

《結局、田尾さんは監督を1年で更迭された。しかし9月28日に敵地の福岡ヤフードームで行われたシーズン最終戦の試合後、田尾さんは選手やスタッフに胴上げされた》

あそこはワンマンチームですからね。僕は三木谷さんと仲良くしたいと思い、お会いしたときに「1年目の新米監督なので、不安でしょう。なんでも直接言ってください」と話していたんです。でも、直接には言ってこない。仕事も忙しいのでしょう。必ず部下にこうしろという形で伝わってきました。

胴上げの瞬間は僕の野球人生の中では、絶頂期です。選手時代に優勝したこともありましたが、超えたと思いました。監督をやって感じたのは、受け持った選手や、支える人たち、そしてファンの人たちになんとかいい思いをさせてあげたいというのが大事だということです。自分が周りからどう見られるかとか、高く評価されたいとか、そういう意識はまったく必要ない。選手のときは高い評価を得ないと、この世界で生き残っていけません。だから周りの評価が大事になります。でも、監督は違う。いい思いをさせてあげるにはどうしたらいいのか考えると、自分がどう評価されるかはまったく頭になくなります。だから、僕は全然こわいものなしだったんですよね。

《更迭に反対するファンの署名活動も行われた》

東北のファンの温かさもありました。新しい球団が生まれ、応援しようという思いが強かったんでしょう。7試合で2試合しか勝てないチームでしたが、ものすごく盛り上がっていただきました。やじられないんですよね。中日ドラゴンズや阪神タイガースでプレーしてきた経験からいえば、やじられないわけがない。それが当たり前でしたから。でも、そうじゃなかったんです。完全に負け試合でも、最後まで見てくださる人が多かったですよね。そういうファンの人たちは、絶対に裏切っちゃいけない。選手にも「負けるのは仕方ないが、できることは全力でしてほしい。そうじゃないとお客さんに失礼だ」と大負けしたときに伝えました。

全力疾走しない。守備のバックアップができていない。それはダメ。ヒットを打てというのは難しいけど、全力疾走はやろうと思えば誰でもできる。そういうところをしっかりやる。塁に出たら、1球ごとにスタートを切る。「こういうことはチームの方針だから、きっちりしてほしい」と選手に言いました。

東北のファンの人たちとは今も交流が続いています。3年契約だったので、女房も娘も3年間は向こうの中学校に行くつもりでした。今は「1年間でも行けてよかった」みたいな話はしています。(聞き手 北川信行)

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田尾安志氏連載「野球が全部教えてくれた」

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