力強いストロークで塗り重ねられた大画面。複雑な絵の具の層をひっかくように、動物や星などが鋭い線で描かれている。アーティスト、川内理香子さんの油彩画「Raining Forest」が、有望な若手作家に与えられる「VOCA賞」に輝いた。3月30日まで、上野の森美術館(東京都台東区)で開催中の「VOCA展2022」で鑑賞できる。
神話から発想
2枚のキャンバスを連結した大画面(およそ縦2・3メートル、横3・6メートル)の中央に、大きなジャガーが鎮座する。周りにはコヨーテや蛇などの動物たち。よく見ると、内臓や星座のモチーフ、文字もちりばめられ、作品全体が不思議なエネルギーに包まれている。この受賞作は、川内さんが近年取り組む「Mythology(神話)」シリーズにおいて代表作に位置付けられるものという。
着想源になったのはフランスの文化人類学者、レヴィ=ストロースが神話を構造解析した著作。神話の中で、ジャガーは人類に「火」をもたらす存在だ。「ジャガーは自然と人間を結び付け、そして分断させる媒介者なのです」と川内さん。
火によって食は変わり、身体も変わる。人間を成り立たせているものを「内」だけでなく、自然や社会など「外」に求めたレヴィ=ストロースは、神話の分析を通じて、外から異物を取り込む「食」にも注目した。それは、食や身体への関心を持ち続け、そこからわき出すイメージを表現してきた川内さんの創作にも通じる。
自己と他者
食べ物を体内に入れることで重苦しくなったり、眠くなったりと、「体が変わる感覚に、幼い頃から違和感や興味を抱いてきた」という。「自分の体は自分のものなのか、他者なのか-」。自己と他者のあいまいさを問い続ける中で、神話に登場する生き物たちのイメージが重なった。
「Raining Forest」の動物たちは、口から何かを吐き出している。それは雨のように大地に染み込み、生態系を循環させる。肺や心臓といった臓器も生き物のように飛び跳ね、遠目に見ると、画面全体が内臓の襞(ひだ)のよう。
川内さんいわく、絵画は「物質とイメージ、思考を結び付ける媒体」。本作は自らが挑んだ過去最大のサイズだが、一気に描き上げたという。制作前に何となくイメージはあるものの、「自分の意識が介在し過ぎるとよくない。意識と無意識が混じった状態というか、画面の前で何が起きるかを大切にしたい」と話す。「生きた線の声」を聞き、自らの身体性を使って描く。自然と人間、内部と外部-その境界を探すように線を引く。その力強い線から、豊かな物語が立ち現れる。
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「VOCA展2022」は3月30日まで、会期中無休。一般800円、大学生400円。高校生以下無料。
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<かわうち・りかこ>1990(平成2)年、東京都生まれ。多摩美術大学大学院修了。2015年に「第9回shiseido art egg賞」、2021年に「TERRADA ART AWARD 寺瀬由紀賞」。
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<VOCA展> 平面美術の領域で、若手作家の登竜門として知られる現代アート展(特別協賛・第一生命保険)。全国の学芸員や研究者らに推薦された40歳以下の作家が出品し、中からグランプリのVOCA賞を含む各賞が決まる。1994(平成6)年から毎年開催され、過去には福田美蘭(VOCA賞)、やなぎみわ(同)、蜷川実花(大原美術館賞)らが受賞。29回目となる今年は、33組の作品を展示している。
関連企画として、東京・有楽町の第一生命ロビーで11月30日まで、第一生命が所蔵するVOCA賞受賞作29点をすべて展示する「VOCA 30 Years Story/Tokyo」を開催している。