台中関係は地政学的にウクライナの状況と異なる 台湾・大阪処長が語る

台北駐大阪経済文化弁事処の向明徳処長=大阪市北区(南雲都撮影)
台北駐大阪経済文化弁事処の向明徳処長=大阪市北区(南雲都撮影)

日中国交正常化から今年9月で50年の節目を迎える。同時に日本が台湾と断交して50年。ただ台湾は東日本大震災で200億円超の義援金を送るなど親日色が濃く、経済的にも結びつきが強い。民間交流も含めて日台関係は今後どう発展するのか。ウクライナ危機は台湾に波及するのか。大阪など20府県を管轄する在外機構、台北駐大阪経済文化弁事処の向明徳処長(62)=総領事級=に聞いた。

――管内は近畿と東海、北陸、中国、四国。業務内容は

「一番大事な仕事は台湾華僑の保護と連携。団結を呼び掛けることも重要だ。次に地方交流で、昨年12月に台湾の新竹県横山郷と鳥取県若桜(わかさ)町が友好交流協定を締結した。これは日台間140件目の協定。こうした取り組みは(台湾の駐日大使に当たる)謝長廷・台北駐日経済文化代表処代表が就任してから最も力を入れている草の根交流だ」

「各府県の知事らを訪問し、台湾と日本の地方交流をもっと深めていきたい。新型コロナウイルス禍にあって、台湾のWHO(世界保健機関)加盟を支持するように呼び掛けている。47都道府県のうち、すでに39の自治体がWHOへの台湾の加盟を支持する意見書を(政府や国会に)出した。残る8自治体のうち、大阪弁事処の管内に5つある」

――大阪では2025年に50年ぶりの万博が開かれる。1970年万博には台湾も国として参加したが、今回はどう関わるか

「当時は日本と国交があり、中華民国名義で参加した。昨年11月に大阪に着任する前は東京にいたが、台湾は積極的に参加したいという希望を出した」

――国として参加できればなお良い

「もちろんそうだ。まだ交渉中と思うが、企業の形でパビリオンをつくる、ということ。台湾としてのパビリオンを出展したいということは強く表明した。台湾の強みである半導体やITなどをアピールしたい」

――北京冬季五輪をどう見たか

「(中国国営中央テレビのアナウンサーが開会式の中継で)チャイニーズ・タイペイ(中華台北)をわざわざ『中国台北』と呼称したが、到底受け入れられない。NHKのアナウンサーは『台湾』と呼んでくれた。これはとてもありがたい。去年の東京五輪でも『台湾』と呼んでもらった」

「中国はあらゆる場面で国際的な存在としての台湾に圧力をかけてくるが、受け入れられない。蔡英文総統は米国の経済誌で『世界で最も影響力のある女性100人』の9位に選ばれた。これは中国の圧力に屈せず、台湾の民主主義を堅く守り抜いたことが評価された」

――蔡氏は福島、千葉、栃木、茨城、群馬5県の食品輸入解禁に踏み切った

「在京時も本国に『一日も早く解禁を』と報告していた。3・11で台湾は日本に支援していただけに、食品問題が横たわっていたのは残念だった。今回日本としても良かったと思うし、大きな一歩だ」

「中国の輸入停止措置に伴い、昨年は日本で台湾からのパイナップルの輸入が8・2倍に増えた。台湾産の果物、バンレイシ(釈迦頭)とレンブ(蓮霧)についても中国は害虫を理由に輸入を停止した。日本には検疫の問題があるが、バンレイシのみ冷凍したものが輸出できる。日本の消費者にもぜひ味わってもらいたい」

――歴史的にも台湾は親日色が濃い

「50年にも及ぶ日本統治時代の影響だろう。日本人はきちんとインフラを整備した。日本人技師の八田與一(はった・よいち)が造ったダムなど、台湾の人々はこれらを日本人の業績として評価している。台湾は亜熱帯。資源が豊かだったことも奏功したが、日本の政策はコメや砂糖の生産を後押ししてくれた」

「コロナ禍の前には、台湾は日本からの修学旅行先として3年連続ナンバーワンだった。台湾が親日的で、安全・安心な旅先ということも要因にあるかもしれない」

――ウクライナはロシアの軍事侵攻を受けたが、台湾と中国の関係に似ているようにも思う

「ウクライナは米国の同盟国ではない。米国には台湾関係法があり、台湾は米国からの武器売却など防衛支援を受ける。こうした国内法が成立されている事実は大きい。またウクライナはロシアと陸続きだが、中国とは台湾海峡を隔てる。地政学的にもウクライナとは異なると考えている」

「昨年11月には、神戸市で開かれた『日台交流サミット』で日台の外交・安全保障のために『日台関係に関する基本法』の速やかな制定が提言された。米国の台湾関係法と同じように日本でも法的整備が進めば、台湾の安全保障にとって心強い。安倍晋三元首相も『台湾有事は日本有事』と言っている。本当にありがたい」

――日本人にメッセージを

「これも安倍氏が言うように台湾と日本は民主主義と人権、法治と共同の価値観を共有している。台湾と日本は運命共同体。これから互いに助け合って、一緒に東アジアの平和と繁栄に向けて手を携えて努力していきたい」

「1999年の台湾中部大地震では日本の救援隊がいち早く駆け付け、3・11で台湾は日本を支援した。コロナ禍では日本からたくさんのワクチンを支援してもらい、台湾は微力ながらマスクや医療器材を送った。これは謝氏がいつも言う『善の循環』。近隣同士、持ちつ持たれつ。お互いさまで良好な関係を継続していきたい」(聞き手 矢田幸己)

こう・めいとく 1959年、台湾南部の嘉義市生まれ。東呉大日本語学科を卒業後、91年に外交部(外務省に相当)入部。翌年外交部から派遣され、慶応大で日本語研修を積んだ。台北駐日経済文化代表処政務部長などを経て昨年11月から現職。東京と福岡での勤務も含めて日本滞在歴は約20年。高校生のころに兄が読んでいた剣豪、宮本武蔵の小説に触れ、日本に関心を抱いた。

会員限定記事会員サービス詳細