いきもの語り

60年の眠りから覚めた水草 井の頭恩賜公園「イノカシラフラスコモ」

井の頭自然文化園水生物館に展示されているイノカシラフラスコモ(同園提供)
井の頭自然文化園水生物館に展示されているイノカシラフラスコモ(同園提供)

「スワンボートに乗ったカップルは別れる」。散策の名所、井の頭恩賜公園(武蔵野市、三鷹市)の井の頭池にまつわる都市伝説はよく知られている。

噂の真偽はおくとして、そんな井の頭池に目をこらすと、水面に映った青葉と水草が溶け合い、緑のグラデーションをなしていた。水草の「イノカシラフラスコモ」は日本固有種。休園中の井の頭自然文化園水生物館で、水槽の中のイノカシラフラスコモを見せてもらうと、葉の端々に鮮やかな緑が見える。実は、このイノカシラフラスコモは約60年の眠りから覚めたばかりだ。

× × ×

保全に携わるNPO「生態工房」の片岡友美理事長によると、イノカシラフラスコモは昭和32年にこの池で発見された。ところが新種に登録されたものの、池の水が干上がったり水質が悪化したりして、発見以降は存在が確認されていなかったという。

状況が変わったのは平成26年。以前から地元住民らの間には池の保全への機運が高まっており、都と住民ボランティアらは同年から、池の水を抜いて底を日に当てる「かいぼり」と呼ばれる作業や、アメリカザリガニなどの外来生物の駆除を実施した。一連の動きは奏功。28年5月、池でイノカシラフラスコモが生育しているのが見つかった。底土にあった胞子がかいぼりによって空気に触れ、その刺激で発芽に至ったとみられる。現在の生息域は井の頭池や千葉県市川市のジュンサイ池など3カ所。環境省のレッドリストでは絶滅の危険性がもっとも高い「絶滅危惧種Ⅰ類」に指定されている。

イノカシラフラスコモが生息する井の頭池=10日、武蔵野市の井の頭公園(内田優作撮影)
イノカシラフラスコモが生息する井の頭池=10日、武蔵野市の井の頭公園(内田優作撮影)

令和2年からイノカシラフラスコモを育て、生態を調べているのが前出の水生物館だ。飼育展示係の田辺信吾さんは水温、光、二酸化炭素などのさまざまな条件を調整しながら、最適な生育条件を探り続ける。

月1回は井の頭池に潜り、様子を肉眼で確かめる田辺さん。「展示では生き物のいる環境を再現するので、実際に自分で体験することが必要です。ただ、寒いです…」

肥料の使い方など、生育の条件は少しずつ明らかになりつつある。

× × ×

関係者の奮闘にもかかわらず、保全には暗雲もさしている。近年、池では繁殖力の強い外来種の水草、コカナダモの繁殖が拡大、「以前はイノカシラフラスコモの方が多かったのに、今は逆転している」(片岡さん)という状況だ。コカナダモや水草の生育を妨げるアメリカザリガニの駆除に取り組み、行政にかいぼりの再実施などを求めながら、「一般の方にも問題を知っていただき、本気で守るために考えてほしい」と片岡さんは訴える。

田辺さんも「イノカシラフラスコモが生きられるように整備すれば、より多様な生き物が暮らせる環境になる。池の再生のシンボルです」と力を込める。美しい池を取り戻すため、関係者の模索は続く。(内田優作)

会員限定記事会員サービス詳細