大和ハウス杯十段戦開幕 特別記念対談 許家元十段×芳井敬一社長

許家元(きょ・かげん)十段に、余正麒(よ・せいき)八段が挑む囲碁のタイトル戦「大和ハウス杯 第60期十段戦」(産経新聞社主催)の五番勝負第1局が3月1日、大阪商業大学(大阪府東大阪市)で開幕。第2局は3月23日、大和ハウスグループ施設「Hotel&Resorts長浜」(滋賀県長浜市)で開催される。

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対局に先立ち、特別協賛の大和ハウス工業(本社・大阪市)の芳井敬一社長と、許家元十段が記念対談。本番への思いや対戦相手、勝負の哲学などについて語った。

(聞き手 産経新聞大阪本社文化部長 山田智章)

タイトル戦の初防衛を目指す許十段(左)に芳井社長からエールが贈られた=東京都千代田区の大和ハウス工業東京本社にて
タイトル戦の初防衛を目指す許十段(左)に芳井社長からエールが贈られた=東京都千代田区の大和ハウス工業東京本社にて

若い世代の元気さに力もらう 芳井

模範になるよう自己鍛えたい 許

――昨年に続く特別協賛。囲碁界への期待を

芳井 将棋もそうですが囲碁の世界も、若い人の力がすごくて、鮮やかに勝っています。少子高齢化とか言われていますが、若い人が元気だよというメッセージを送っていることに、力強さをもらっています。わたしたちの仕事は、家族やきずなを非常に大事にしています。囲碁のように、若い人と年次の高い人が、真剣に勝負する場というのは、なかなかないと思うので、先輩たちにもがんばってもらい、若い人といろいろな意味で融合してもらえたらいいかな、と思っています。

――許十段は前回、芝野虎丸九段に挑戦し、3勝2敗で初の十段を奪取しました。戦いを振り返って

許 苦しい場面も多く、運がよかったな、と思うところもあります。十段戦のようなタイトル戦は出場するだけでもかなり大変なので、自信になりました。これからも若手の先頭に立って、模範になれるよう、さらに自己を鍛えていきたいと思います。

――許十段は、小学校卒業して日本に来たとのことですが、慣れない異国で苦労も多かったのでは

許 最初は日本語もわからず、中学校のクラスメートから話かけられても、まったく意味がわからなくて…。何も返事できずに黙っていると、みんなが去っていくというようなことがありました。あとで聞いたところでは、サッカーに誘ってくれようとしていたようです。食べ物も苦労しました。台湾では、炒め物など火を通す料理が多いので、生野菜や生卵、刺し身といった生のものが食べられなくて…。

芳井 私の大学時代には、所属していたラグビーの合宿が厳しくて、初日に半分くらいの新入生が夜逃げしたことがありました。言葉や食事にそんなに苦労しても台湾に帰らなかった理由は何ですか?

許 内弟子として師匠のところに入ったのですが、両親が帰国したその日に、「つらい」と泣いて電話しました。ところが、その夜、師匠を囲んで他の内弟子と一緒に検討会があったのですが、囲碁を通して自分の考えがみんなに伝わることがわかりました。言葉が通じなくても、十分楽しい。そのことに気付いて、とてもうれしかった。

――その後、食事は慣れましたか

許 生は苦手だったのですが、20歳を超えたくらいからお寿司が好きになり、今では好物です。カニやウニ、中トロが好きです。

芳井社長に「志」と揮毫した色紙を渡す許十段
芳井社長に「志」と揮毫した色紙を渡す許十段

次の一手にこそ企業の成長がある 芳井

相手の予測しない手をどう打つか 許

――囲碁はシビアな勝負の世界です。ライバルに勝つため、どのような鍛錬を

許 以前は、序盤に力を入れて勝ち切る感じだったのですが、その分、そこで時間がかかってしまい、中盤でミスが出て逆転されることもありました。いくら序盤を研究したところで、向こうも別の手を考えてきます。そこで最近は、序盤は早く打って、中盤と終盤の勝負所に力を残すよう意識しています。

――シビアな戦いという点では、ビジネスの世界も同じではないかと思います。特に新型コロナウイルス流行下となると

芳井 今、社会にリモートワークという新しい条件が設定されました。そうした中で次の一手を、光るものにできるかどうか、ということが非常に大事だと思います。常とう手段であれば、あまり評価もされないですが、「あぁ、こんなところに」というような、全く今までと違う一手を打てるかどうか。そこに企業としての成長があると思います。

許 次の一手という話は、囲碁の話としても共感できます。序盤は戦術や戦略が立てやすいのですが、対戦者もすごく勉強しているから、それに対して当たり前のように打ってきます。その中で、相手が予測していない手を打って、どう変化させるか。最近になって、そういう面にも気を付けて打つようになりました。

――芳井社長の場合、勝負に臨む醍醐味は

芳井 わたしは緊張感がすごく好き、好物といっていいくらい。自分のやっていたラグビーにたとえると、そのピークはホイッスルの瞬間でしょうか。緊張に追い込まれると、すごく知恵がわく。

許 緊張感という意味では、自分もけっこうぎりぎりの競り合いが好きですね。気づいたら夢中になっていて、楽しいな、という瞬間はあります。

芳井 やっぱり勝負人ですね、許十段は。

余八段とは兄弟のような関係 許

初防衛目指してがんばって 芳井

――今回の対戦相手の余八段は、同じ台湾出身です

許 昔から一緒に勉強したり、遊んだり、兄弟のような感じです。大阪で試合のあるときは余八段のところに泊めてもらって、逆に東京で試合をするときには、泊まってもらい、夜中まで一緒に検討したりします。タイトル戦で対局するのは、何か不思議な感じですが、いい棋譜を残したいと思います。

――抱負は

許 挑戦することに比べて、防衛はかなり難しいと思います。挑戦者というのは、1年の中で一番勢いのある人でもありますから。今まで、防衛したことがないので初防衛したいと思います。

芳井 防衛が難しいという話、なるほどと思いました。ぜひ自己の歴史を塗り変えてください。がんばってください。

(本文中敬称略)

【経歴】
よしい・けいいち 昭和33(1958)年、大阪市生まれ、63歳。中央大文学部卒。神戸製鋼グループで実業団のラグビー選手として活躍した後、けがを機に退社。平成2(1990)年、大和ハウス工業入社。海外事業部長、営業本部長、専務執行役員などを経て29(2017)年11月から現職。

きょ・かげん 平成9(1997)年、台湾生まれ。24歳。小学校卒業後、来日。25(2013)年にプロ入り。30(2018)年の碁聖戦では当時七冠を独占していた井山裕太五冠を3戦全勝で下し碁聖位を奪取。現在の昇段制度になって以降、芝野虎丸、井山に次ぐ入段8年0カ月の3番目の速さで九段昇段。

※本記念対談は感染症対策を徹底した上で行いました。

提供:大和ハウス工業


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