Dr.國井のSDGs考(11)

災害多発国を防災・減災大国に 国連防災機関代表・水鳥真美さん(下)

東日本大震災の発生直後の避難所=岩手県内
東日本大震災の発生直後の避難所=岩手県内

この3月から「公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)」のCEOに就任した医師の國井修氏が、誰も置き去りにしない社会についてゲストと対談する企画の11回目は、国連防災機関(UNDRR)のトップを務める水鳥真美氏をゲストに招いた。(下)では災害多発国の日本に求められる対策と世界への貢献について意見交換を行った。

変わらない避難所環境

国連防災機関(UNDRR)のトップを務める水鳥真美さん
国連防災機関(UNDRR)のトップを務める水鳥真美さん

國井 最後に日本の災害と世界での役割について伺いたいと思います。日本は災害多発国で、防災・減災対策もすばらしいですが、まだまだ課題も多いようです。例えば、阪神大震災では被災者は体育館などの避難場所で冷たい床の上に所狭しと寝ていた。東日本大震災では改善されたかと思ったら同じでした。

当時、私はユニセフ職員としてソマリアで働いていて休暇を取ってボランティアとして東北に向かったのですが、発災1カ月たっても、土足で上がれる場所でプライバシーもなく、ぎゅうぎゅう詰めになって避難者は寝泊まりしていました。避難所から少し車で走れば居酒屋が開いているというのに、相変わらずおにぎり、菓子パン、カップラーメンという避難所もありました。あまりにひどいので、医療ボランティアの集まりで「ここはソマリア以下だ」と言ったら、「こんなに一生懸命やってるのに何を言うんだ」と怒られました。

多くの支援者が現地に集まっても、思い思いによかれと思って援助するのと、共通の目標や基準をもって援助するのでは結果が違ってきます。被災した人は苦境で我慢するのが当然ではなく、いち早く、衣食住、栄養・水・衛生などで最低限の生活が送れるよう、スタンダードを決めてそれをクリアできるように支援者が協力しあう必要があります。

そこで日本の災害支援や緊急事態の対応に関わる人のために、「災害時の公衆衛生―私たちにできること」というスタンダードとなるテキストを作ったんです。今年、10年後の全面改訂をして、「みんなで取り組む 災害時の保健・医療・福祉活動」(南山堂)として、この3月に出版しました。東日本大震災後にも地震や水害などさまざまな災害が起こりましたが、現場に支援に行った人の話を聞くと以前に比べて改善されたこととされなかったことがいろいろあったようです。それらの教訓、成功も失敗も含めて課題を洗い出し、具体的なアクションにつなげられるような本にしました。政策決定者、研究者、NGOなど産学官民の専門家や実践者70人以上が参加して執筆してくれた力作です。防災・減災、災害支援などに役立つ情報・資料も満載ですから、ぜひ多くの人に読んでもらいたいと思います。水鳥さんにも献本しますね。グローバルにも参考になることが多々あると思います。

水鳥 國井先生がおっしゃったことは、私たちの仕事の根幹の部分です。国連防災機関が防災・減災施策を進める上で重視していることは、さまざまな国、街、異なる当事者から、うまくいったベスト・プラクティス、うまくいかなかった経験、知見を広く共有することであり、そのための機会を提供することです。国連防災機関は3年に1回、「防災に関するグローバル・プラットフォーム」という大きな国際会議を招集しており、ここには、政府関係者だけでなく民間部門の人も多く参加され、いろいろな事例、経験の共有を推進しています。今年の5月には、インドネシアのバリ島でこの大会合が開催されます。

誇るべき日本の「防災白書」

医師の國井修さん
医師の國井修さん

國井 世界の防災・減災のため、日本が発信できることは何でしょうか。

水鳥 日本の防災対策ですばらしいことのひとつは、伊勢湾台風以降、防災対策が国の重要な政策に位置づけられた結果、防災・減災対策に関する法制度がしっかりしています。防災・減災は、その時々の政府、政権の思惑によって揺らいではいけません。災害があったときに国がどういう役割を担い、地方がどういう役割を担うかが法律に書き込まれていて、それが時間の流れの中で災害のあり方の変遷を踏まえて適宜改正されていくことが重要であり、この分野で日本は非常にしっかり対応されています。

もうひとつは、防災白書です。毎年、どういう形で災害があってそれに対してどういう対応がなされたか、防災・減災でどういう政策の進化があったかを国民に分かる形で白書として出す。これは非常に良いプラクティスです。実は防災白書を出している国はそう多くないのですが、防災・減災対策を国民に啓発する上で、重要で優れたやり方です。

また、日本はインフラ整備の面では、進んでいる点が多いと思います。特に水関連の災害に対して、長年の積み重ねの中でインフラ対策を強化してきた。さらに災害を念頭に置いたインフラ対策として世界的に知られているのは耐震性に関する法制度です。国際協力の中で、防災対策を柱のひとつにしているのも素晴らしいことです。

日本の中では、よく知られている公助、自助、共助という考え方も重要です。災害対策において国は中核的な立場からがすべきことはたくさんありますが、コミュニティーの共助と、自分の周りにどういう災害のリスクがあり、少しでも減らすため何ができるかを考える自助も大事です。

自然を利用した対策を

國井 逆に日本が改善したらいい点はありますか?

水鳥 日本は防災対策の先進国といわれていますが、始めに先進国になると一定のやり方が決まってしまい、その後に新しいものを取り入れにくい面はあるかもしれません。複合災害の時代に入ったという認識に基づき、内閣府の防災担当部局だけでなく政府全体として複合的に災害対策を進めていく考え方を、日本がリードして世界に広げてほしいと思います。

また、日本は減災対策としてインフラ整備が進んでいると申し上げましたが、いま世界の中でも注目されているのは、自然を利用した防災・減災策です。ダムによって水の流れをせき止める、防波堤をコンクリートで作るだけでなく、どうやって自然と共存した災害対策を進めるか、そこは今後、伸びる余地があると思います。自然が破壊されることにより災害に対する脆弱(ぜいじゃく)性が増大するという側面を勘案することが重要となっています。

防災・減災対策のソフト面についても、災害では圧倒的に女性・子供や障害者が被害者になる確率が高い中で、災害弱者を保護対象としてのみ見るのでなく、災害対策を作るプロセスに参加してもらい、彼ら、彼女らの声を組み込んでいくところにも、伸びしろがあると思います。

また、防災対策、環境対策、都市政策を縦割りに策定、実施するのでなく、防災対策、環境対策、都市政策、さらには経済成長策が全て連動した形で進むように策定、実施し予算を付けていくということが世界的に必要となっています。防災先進国として世界で冠たる位置づけを維持してきた日本が、災害リスクが連鎖的に起こり、複合災害の時代に突入してしまった中で、世界の防災・減災対策のバージョンアップを今後も主導されることを願っています。

國井 私が次に挑戦する仕事(GHIT Fund)では直接扱わないのですが、災害対策は私のライフワークだと思っているので、これからも学び、考えていきたいと思っています。震災から11年がたちましたが、今度、東北にも一緒に行きましょう。現地で直接人に会って災害とその復興のさまざまな体験を聞くことで、世界のポリシー作りにも役立つと思います。

水鳥 現場から知恵と元気をいただくことも私の仕事のひとつですので、ぜひご一緒させていただきたいです。(構成・道丸摩耶)

「みんなで取り組む 災害時の保健・医療・福祉活動」
「みんなで取り組む 災害時の保健・医療・福祉活動」

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