現存する日本最古の歴史書『古事記』が小説や漫画に取り入れられ、若い世代に浸透している。「因幡の白兎」など以前から親しまれてきた神話部分にとどまらず、天皇の事績を記した部分も自由に解釈される。くだけた文章に意訳した本も好評だ。古事記の何が作家や読者をひきつけるのか。
「天皇記までラノベ化なんて…」
3巻から成る古事記は上巻に神話、中・下巻に神武天皇から推古天皇までを収録。世界のはじまりと神々の出現、国の統一と皇位継承の様子が記されている。
「天皇記までラノベ化なんて…本気なんですか?」
「はあ⁉ 天皇記バチクソ面白いからな?」
刺激的なキャッチコピーが帯に躍るのは、古事記をセリフ調の文体に意訳した小野寺優著『ラノベ古事記』の第2弾だ。
親しみやすくキャラクター化された初代・神武天皇が特別な力を持つ神剣「布都御魂(ふつのみたま)」を神から賜り、仲間を増やしながら国をまとめて「家族みたいな国にしていこうよ。みんなで一緒にっ!」と即位する。建国神話も、ヒーローが強化アイテムでレベルアップしながら試練を乗り越えていくロールプレーイングゲームのようだ。
著者はあとがきで「そもそも古事記がものすごく面白いんだって主張したい」と書いている。上巻の神話を意訳した第1弾は平成29年に発売され、約4年で9刷とヒット。4月に第3弾も刊行される。
ラノベとは、若者向け娯楽小説のジャンルであるライトノベルの略。発行元のKADOKAWAによると、『ラノベ古事記』を購入しているのはラノベ読者の男女で、男性は30~40代。女性は20~50代と幅広いが、子供用に買う親が含まれる可能性もあるという。
世界のはじまりの謎
文春文庫から昨年12月に刊行された小説『神と王』は、古事記からインスピレーションを得たという異世界ファンタジー。「世界のはじまり」が記されているとされる亡国の宝をめぐり、侵略国の王族や謎の青年たちが争奪戦を繰り広げる。
序文で、古事記から男女の2神が国生みに使う特殊な矛(両刃の剣)を賜る部分を引用。この「天の沼矛(あめのぬぼこ)」と呼ばれる矛がどこから生まれ出たのかという問いが投げられる。メディアワークス文庫の累計200万部を超す人気シリーズ「神様の御用人」で知られる小説家、浅葉なつさんの新作とあって注目度は高い。
作家の創作意欲をかきたてるのか、古事記を題材とする漫画も多い。「月刊!スピリッツ」で連載中の『古事記(中辛)』は、神様のアマテラスやスサノオが「日本創世台本」に沿って人間の進化を促しているという設定だ。
刀の魂魄(こんぱく)を見ることができる高校生が主人公の人気シリーズ「KATANA」の21巻(昨年11月発売)は「古事記の剣」をめぐる旅。古事記の世界に迷い込んだ主人公は、天皇に疎まれた子ヤマトタケルと出会う。
実は古事記は、ヤマトタケルが東国平定に使った「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」や毒気に当たった神武天皇の軍勢をよみがえらせる布都御魂など、神剣が登場する英雄ファンタジーでもある。
魅力の再発見
天皇家の正統性を示す古事記は、戦前の国家観形成に使われたとされ、戦後長く学校で教えられていなかった。古事記ブームの先駆けとなったのは、平成14年に出版された三浦佑之訳・注釈『口語訳古事記』だった。
一人の古老を登場させ、世界のはじまりの前振りに古老が「なにもなかったのじゃ……、言葉で言いあらわせるものは、なにも」と語りだす。語り部の口誦という古事記の世界が再現され、面白く読める。当時、メインの読者は40~50代だったから、この20年で古事記の読者層は広がった。
古事記編纂(へんさん)1300年の24年に合わせ、いろいろな入門書が刊行され、ゆかりの地でイベントが開かれるなど古事記の面白さに触れる機会が増えたことも後押しとなった。
日本文化を論じた石川善樹×吉田尚記著『むかしむかしあるところにウェルビーイングがありました』(今年1月発売)では、古事記を「古代の神々や天皇がドラマチックに動き回るエピソードがちりばめられた古代ファンタジー」と表現している。
個性的な神様や古代の天皇が繰り広げる古事記の冒険譚は、奇想天外な物語の中に親子関係や恋愛など普遍的な問題も含まれている。現代に通じるエンターテインメントといえそうだ。