書評

『My First Lizzi マイ・ファースト・リチ 上野リチのデザイン』青幻舎編集部編(青幻舎・2420円)「かわいい」に秘めた信念

「My First Lizzi」
「My First Lizzi」

19世紀末に芸術の都ウィーンに生まれ、京都を拠点に活躍したデザイナー、上野リチ・リックス(本名フェリーツェ・リックス=ウエノ、1893~1967年)。昨秋から今春にかけて京都と東京で初の大規模個展が開催され、改めてその功績にスポットが当てられている。

テキスタイルや壁紙、七宝の小物など、彼女が手掛けたデザインの多くは草花や果実、鳥といった自然のモチーフがちりばめられている。愛らしいもの、少しとぼけた味わいのものもあれば、日本の琳派(りんぱ)に通じるような風雅な作品も。デザインに触れると、それを生み出した人への興味も湧く。本書はリチという女性とその仕事を知るための、格好の入門書といえる。

彼女の原点は20世紀初頭、ウィーン分離派の建築家、ヨーゼフ・ホフマンが設立した「ウィーン工房」。既存の価値観に縛られず、新たな美学で生活全般を彩ることを目指したデザイン集団だ。裕福なユダヤ系家庭に育ち、工芸学校を卒業したリチもその一員として理想を共有、数々の人気図案を生み出した。

ホフマンの事務所で働いていた建築家、上野伊三郎との結婚がリチの運命を大きく動かし、1926(大正15)年、夫の故郷の京都に移住。ウィーン工房の仕事も継続しつつ、夫が設計した住宅やバーの内装を担当するなど才能を発揮した。しかし、やがて故国オーストリアはナチス・ドイツに併合され、家族も亡命を余儀なくされた。

リチは戦時中も京都の職人らと協働しながら、外地輸出用のテキスタイル図案などを手掛けている。暗黒の時代にも彼女はブレることなく色とりどりに、幸せなファンタジーの世界を描いた。戦後は京都市立美術大(当時)で指導したが、学生には既存のものや他者の模倣を決して許さず、オリジナルの重要性を説いたそうだ。

本書では装飾デザイン史が専門の鶴岡真弓・多摩美大美術館館長や美術作家の青木陵子さん、リチの教え子の鈴木佳子・京都市立芸大名誉教授ら多彩な執筆陣が、いろんな角度からリチのデザインを分析している。彼女の作品が時を経て現代女性の琴線に触れるのは、「かわいい」の先にある揺るぎない信念と強さゆえだろう。

評・黒沢綾子(文化部)

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