この3月から「公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)」のCEOに就任した医師の國井修氏が、誰も置き去りにしない社会についてゲストと対談する企画の11回目は、国連防災機関(UNDRR)のトップを務める水鳥真美氏をゲストに招いた。(中)では複合災害の時代に、世界各国が防災・減災対策を進める必要性と難しさについて話し合った。
どこにいても災害に遭う時代
國井 ここからは今やられている防災のお仕事についてお聞きします。温暖化の影響もあってか、最近は災害や緊急事態の頻度もインパクトも大きくなっています。新型コロナのような新たな感染症の脅威という今までと異なる危機も出現しています。防災というのは、「最悪のケースシナリオ」を考えて対策をとることだと思いますが、参考にすべきワーストケースは過去100年間のものとするか、1000年間のものとするかで結構違います。どうお考えになりますか。
水鳥 防災・減災は今や世界的な課題です。気候変動の影響がこれほどまで激烈になる前は、欧州ではあまり災害がなく、どこかひとごとだったところはあります。ところが、2004年のスマトラ島沖大地震とインド洋大津波で、クリスマス休暇に欧州から観光に来ていた人々が大勢亡くなった。自分たちの国で災害が起きなくても、国民が別のところで遭うことがあるのだと欧州諸国政府の考え方が変わり、そうこうするうち気候変動の結果、どこにいても何をしていても災害に遭う可能性が非常に高まってしまった。
難しいのは、ワーストケースシナリオが一つの災害だけを念頭において対応できるものでなくなってしまったということです。複合災害の時代に入ってしまっています。過去2年で言えばコロナ禍で世界中が苦労している中で、台風がやってくる、地震がくる、トンガのように海底火山が噴火する。通常であれば、大災害発生後すぐに世界から支援の手が伸びますが、島国としてコロナ対策を厳しくやっていたので、トンガでは救援の人たちをどれだけ迎え入れるかも課題になりました。パンデミック、気候変動、地質災害が一気にやってくる複合災害の時代のワーストケースシナリオは、とてつもなく厳しいものです。
しかも、現代の私たちの生活を支えるシステムが高度につながっていることに伴い、一つの事態が次なる事態を生む状況になっている。今回のコロナが典型的な例ですが、パンデミックの結果、学校が閉鎖される。子供が教育を受けられず在宅を余儀なくされる、子供の面倒を見る親も仕事にいけない。職場では人手不足が起き、世界的な物流に影響が出る。われわれはこれをシステミック・リスクと呼んでいるのですが、日本風に言えば「風が吹けば桶屋がもうかる」の逆。このことわざなら最後、桶屋がもうかるから良いのですが、今の状況は悪いことがどんどん重なり、健康被害があっという間に社会、経済のすべてに連鎖的損害を与える状況になってしまっています。
複合災害には複合対応を
國井 パンデミックの中で災害が起きると、対応がさらに複雑で難しくなりますよね。
水鳥 そうなんです。やってくる災害も複合的なので、対応も複合的に行わないといけない。政府の一部局でなく、政府全体が、ワーストシナリオを踏まえ自分たちの政策に事前にどのようにしてさまざまなリスク要因を勘案するかという視点から行政を構築しなくてはいけません。さらに、そのような防災・減災に関わる制度構築においては、政治の一番高いレベル、日本の場合は総理大臣に直結している内閣府で統合し、さらには政策を実現するための予算をつけないといけません。
いったん災害が起きてしまうと、復旧復興には大変な量のお金と人材が投入されます。そうしないという選択肢はありません。一方で、予防の部分にはまだまだお金は投入されていないと感じます。例えばインフラを少しでも強靱(きょうじん)にするための1ドルをコストと考えず、強靭性のための投資と考えて予算をつける。そうしないと、いつまでたっても災害が来た、対応しないといけない、復旧だ、復興だ、そしてまた災害が来る。しかも複合災害でいろんな違う災害が同時に来る。その負の循環を繰り返すだけです。
減災というのは、ワーストシナリオを作ってリスクを見積もり、そのリスクを少しでも減らすことにより人命、生活を守り、経済的な損失を少なくすることです。減災対策に1ドルを投資すれば、復旧復興の段階で6ドル~15ドル節約できるとの研究が明らかになっています。これはもう、節約でなく投資ですよね。そういう風に頭を切り替えないといけません。どうやったら防災・減災にお金と人手と知恵を投入できるかを考えるのが私たちの使命です。
國井 災害が起こった後の資金に比べて、防災・減災への資金を実際に得ることは難しいですね。特に開発途上国では、防災・減災の具体的な計画を作るにも技術的支援が必要でしょうし、人材を育て、物資を調達して、その実施にも予算が必要です。このような防災・減災のための資金について、それを世界全体でプーリングするとか、国レベルで防災税のような税を徴収するとか、革新的な資金集めの方法はグローバルに議論されていますか?