「父さん信じて」侵攻の現実、ロシアに向け発信

ウクライナへの軍事侵攻を続けるロシアが国内で情報統制を強める中、ロシアに住む親族に対し、真実を発信しようという草の根の動きがウクライナで広まっている。反戦世論の高まりを嫌うため侵攻を「特別軍事作戦」と称するロシア当局。ウクライナからの活動には、民間人も巻き込んだ戦争の現実を知ってもらい、早期終結につなげたいという願いが込められている。

ウクライナのミシャ・カツリンさん(33)は「papapover.com(父さん、信じて)」というタイトルのサイトを開設した。今回の侵攻をウクライナ人の救出だと信じ込んでいたロシアに住む父、アンドレさん(58)に戦火の広がるウクライナの現状を知ってもらえた経験から、他にも広げていこうという狙いだ。

ロシアによるウクライナ侵攻が始まった2月24日以降、爆撃音は毎日のように首都キエフに響いた。カツリンさんは死の恐怖と向き合いながらも、妻や幼い子供らの避難準備に追われていた。ふと、アンドレさんから何の連絡がないのも気になった。

「父さん、ウクライナがロシアの攻撃を受けて戦争になっているんだ。家族で避難しようとしているところだけど…」

侵攻から数日後、電話で戦争の恐怖を伝えるカツリンさんに対し、アンドレさんは「違う、違う。そうじゃないだろう」と息子の言葉を遮ると、怒鳴りながら続けた。

「よく聞けよ。ゼレンスキー大統領は、ナチスなんだ。ロシア軍はそのナチスからウクライナの人たちを救うために、特別軍事作戦を遂行している。ロシア軍はウクライナの人たちに、温かい毛布と食べ物を与えているだろ」

父の言葉が信じられなかった。何かの間違いだろう。それでも、ロシア軍による空爆で大勢の市民が犠牲になり、建物も崩壊しているウクライナの窮状を何度も父に訴えたが、理解してもらえなかった。

「父は愛情深い人だが、信じてもらえず、本当につらかった」と、父とのやりとりについて振り返るカツリンさん。この出来事を自身のインスタグラムに投稿すると、「私も同じ経験をした」とのコメントが数千通も寄せられた。

「自分と同じ思いをしている人が大勢いるのかもしれない」と思ったカツリンさんはサイトを開設。何度も連絡した結果、アンドレさんはようやくウクライナが「戦争」状態にあると認識しつつあるという。自身の経験に基づき、サイトではロシアに住む親族に現状を理解してもらう方法について紹介している。「戦火のウクライナを映した動画を共有し、話し合う」「感情的にならずに落ち着いて伝え続ける」-など。

カツリンさんは「最初、息子の言葉を理解しない父親なんてもう、いないものだと思いこもうとした。でも、家族との関係を断ち切るのは精神的につらいし、大きなストレスになる。同じ悩みを持つ人に役立てばと思い、サイトを立ち上げた」と話す。

もともと、ロシアとウクライナは東スラブ民族を中心としており、歴史的にも関係が深い。現在、家族をハンガリーに避難させ、自身はウクライナにとどまり、市民への食糧支援などに取り組むカツリンさん。「サイトを利用するウクライナ人によって、真実を知るロシア人がどんどん増えれば、反戦への原動力になるかもしれない」と語り、早期終結を心の底から願っている。(植木裕香子)

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